《1565》 治る認知症、ゆっくり付き合う認知症 [未分類]

「認知症」という言葉が、毎日、メデイアをにぎわせています。
昔は痴呆、ボケだったのが10年前から「認知症」になりました。
「認知機能低下症」を省略して「認知症」になったのでしょう。

当初から「認知症」というだけでも少し抵抗がありましたが、最近は
介護の世界でも「ニンチ、ニンチ」と普通に使われる言葉になった。
そして医療の世界でも「ニンチが進んだ」と平気で使われています。

「認知機能が進む」とはどういうこと?
頭が良くなること?
いや、悪くなること?

もちろん、悪くなることなのですが、どこか違和感があります。
こうして広く使われている「ニンチ」ですが、実は様々な病気の
総称であることをみんな忘れているような気がしてなりません。

医師同士の紹介状や医師が書く介護意見書などの病名欄でさえ
「認知症」と堂々と書かれていることが不思議です。
みんななんでも「ニンチ」で済まそうとしているのではないか。

アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、
脳血管性認知症などが、いわゆる「認知症」の具体的病態です。
この4つは重なりあう部分も多いのですが、区別すべき病態です。

なぜなら、治療法がまったくと言っていいほど異なるからです。
ただ、「治る」「治らない」というと、話がややこしくなります。
「なんとかなる」「なんともならない」の度合いが違うのです。

そもそも「なんとかしたい」と思う動機は何でしょうか?
あるいは誰でしょうか?
本人? いや多くは介護者でしょう。

徘徊する、暴言を吐く、元気が無いなど「なんとかしたい」の
具体的希望は、その人によってまったく異なります。
たとえばこんな具合です。

夜中じゅう歌を歌い続ける寝たきりのおばあちゃんがいました。
ある家族は「黙らせて欲しい」といい、ある家族は「いい子守唄」
だといって喜ぶなど、介護家族によって反応は両極端になるのです。

私は、「黙らせて欲しい」家族には睡眠薬を処方しました。
もちろん本人が飲むのですが、家族もこっそり飲んでいました。
一方、喜ぶ家族においてはもちろん何もする必要がありません。

以上は、いわゆる周辺症状に対するお薬についての話です。
物忘れを中心とした中核症状は、多くは「治す」ことは困難です。
治せないのならば、どの程度「なんとかできる」かが課題になります。

アリセプトに代表される4種類の抗認知症薬は、中核症状の進行
をあくまで「遅らせる」薬であって、「治す」薬ではありません。
抗がん剤ががんを「治す」のではなく「延命」であるのと似ています。

中核症状の進行を「遅らせる」といっても、日々目に見える訳ではなく、
年単位でみると薬を飲まないひとより「進行が緩やかになる」だけです。

しかしその人にとって「飲まない」場合と比較なんてできないので
本人や家族がお薬の効果を実感することは、ほとんど困難でしょう。

つまり、製薬会社や医者が「お薬で進行を遅らせられる」というので
「そうなのかな?」と思いながら黙って飲んでいる場合が大半でしょう。

「なんとかなる」という言葉のなかには、大きな幅があります。
「どうにもならん」から「やり方しだいではかなり期待できる」まで
病態によってかなり広い幅があるし、そもそも個人差もあります。

中核症状そのものは「どうにもならん」ものでも、いわゆる周辺症状
は、お薬の使い方しだいで「かなりなんとかなる」場合がほとんどです。

一方、「治る認知症」と書かれている認知症がいくつかあります。
「治らない」といったのに「治る!」とは何? と思われるでしょうが
私なりにいうならば、それは「認知症と間違われる病態」のことです。

慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、甲状腺機能亢進症などの病態です。
これらは、適切な医療処置やお薬で「治る認知症」です。
これらは「なんとかなる」ではなく「治さないといけない」認知症。

そのためには、どんな病態であるのかちゃんと知ることが重要です。
それを「診断」と言います。
そんなの当たり前と思われるかもしれませんが、当たり前とは思いません。

例えば近くにあるグループホーム(GH)を覗いてみてください。
2ユニットなら18人、3ユニットなら27人の認知症の人が入所
されているはずです。

全員がどのタイプの認知症なのか、スタッフや医師に聞いてください。
4つの認知症の病態をちゃんと区別しているGHは少ないでしょう。
おそらく、多くは「認知症」だけではないかと想像します。

そしてもしかしたら、ちゃんと調べたら、その4つ以外の
「治る認知症」も一人くらい含まれているかもしれません。
例えば甲状腺機能低下症ならホルモン剤で認知機能は改善します。

以上を遂行するためには、正確な「診断」が必要です。
これは医師しかできませんし、そのために医師が存在します。

そして病状の進行に伴い、「診断」は変わっていくことがあります。
一度ついた「診断名」は絶対的なものではなく、変わることがある。
つまり認知症とは病名というより病態と考えたほうがいいでしょう。

病態を表現するためのとりあえずの記号が、アルツやピックなどの
病名であり、それは便宜上使っているだけの暗号のようなものです。
大切なのは脳に何が起こり、介護者が何で困っているのか、だけです。

もし誰も困っていなければ、何も介入する必要はありません。
見守りだけで十分です。
脳と脳を取り巻く状況を正しく「診断」することから全ては始まります。

いずれにせよ、知っていただきたいのは認知症の原因は1つではないこと。
病態によっては「治る認知症」も密かに混じっている可能性があること。
そして大半は「治らないのでゆっくり上手に付き合う認知症」なのです。