《1566》 早期発見、早期治療に意味はあるのか? [未分類]

がんという病気は早期発見が大切です。
完治する可能性が高まるからです。
では、認知症ではどうでしょうか?

早期発見から考えてみましょう。
認知症の場合、何をもって早期発見というのか?
そもそも、その定義について確たるものは無いと思います。

一般に、発症から医療機関受診まで2~3年ある、と言われています。
実際、家族が「おかしい」と気付いても本人が受診を嫌がっている
のでどうしたらいいか、という相談がよく舞い込みます。

切羽詰まった顔で相談に来られた家族に答えを用意する方法はひとつ。
来ないのならこちらから押しかける、という奇襲作戦を時々やります。
予め時間を決めておき、ピンポーンを鳴らして家に行っちゃうのです。

奥さんのカルチャーセンター友達ということでたまたま遊びに来たと。
普通なら「怪しい!」と思われたり、あれこれ事情を聞かれるかも
しれませんが、これまで一度もそんな経験は無く、難なく上がれました。

「そうですか」と素直に言われたら、それはおそらく「取り繕い」。
それだけで「8割、アルツハイマーかな?」と思ってしまいます。
かなり不自然な世間話にもちゃんと話を合わせてくれると益々怪しい。

満面の笑顔で堂々と「我が道を行く」という風情で出迎えてくれたら
それだけで「ああ、ピック病かな?」なんて思ってしまいます。
もちろん、事前に家族からこの3年間の変遷を詳しく聞いた上での訪問。

逆にこちらに目を向けずに、うなだれたり自分の世界に入ってブツブツ
呟いているようなら「ああ、レビーかな?」なんて思ってしまいます。
診察室だと人は構えますが、自宅では自然体を観察することができます。

家族が「おかしい」と気がついて相談に来られた時点で、「おかしい」
ことはまず間違いないわけで、問題はどんなタイプでどんな程度か、です。
もっとはっきり言えば「どれだけ困っているのか?」を見に行くわけです。

見るだけで大体の見当はつくのですが、やはり画像診断をするためには、
医療機関に一度は「連れて来る」ことが必要です。
しかしいきなり「検査に来ませんか?」と言っても、必ず拒否されます。

そこで奥さんの友人の医師として普段着で家に入って世間話をした後で
「お父さん、健康診断に来ませんか?」なんて言うと、OKをされます。
これも実は、アルツ特有の「取り繕い」なのかもしれませんが。

奥さんと親しそうに世間話をしている間、夫は内心注意深く観察している。
それは私が怪しい人か、そうでないか、その1点のみを見ています。
どうやら怪しくないと判断されたから、OKが出るのでしょう。

アルツハイマー病は、内心不安で一杯なので、結構疑ってこられます。
しかし取りあえずは、その場を取り繕ってくれるので、助かるのです。
しかしOKしたことを忘れるので、最低2回は行って覚えてもらいます。

私を覚えるのではなく私が「怪しい人間ではない」ことを覚えてもらう。
ちょうど、ワンちゃんやネコちゃんと仲良くなるのと全く同じ感じです。
2回位家に行くとなんとなくですが覚えてもらい、検査OKになります。

検査に連れて行くまでに苦労するのは、ピック病やレビー小体型の方。
いずれにせよ「早期発見」ではなく「求められたら早期に診断をする」
ところまでもって行くのが自分(町医者)の役割だと思っています。

必要な検査を終えて、もしアルツハイマー病と診断されたならば、
周辺症状が無ければ、抗認知症薬の希望について相談します。
抗がん剤と同様、充分なインフォームドコンセントが必要です。

なんのために早期診断するのか? と聞かれたら、理由は以下の3つです。

  • 進行を遅らせるエビデンスがある薬剤があるから
  • 薬剤はともかく、生活習慣を改善するきっかけを作る
  • 家族の精神的・肉体的負担を軽減し、介護の準備を始めるため

実際、私が思う診断名を言っただけで大喜びする家族がおられます。
それだけ不安な日々を送ってこられたのでしょう。
もちろん私の手に負えないと判断した場合は専門施設に紹介しています。

時々問診票に「自分は認知症ではないか?」と書いて受診される人がいる。
「認知症は病識が無い」とよく言われていますが、実際は違うと思います。
最初に自分の小さな異状に気がつくのは、自分自身であるはずです。

昨日までできていたことが今日はできない……
「おかしいぞ」と最初に気がつくのは、自分ではないでしょうか。
しかし多くの場合、プライドが受診の邪魔をして放置します。

自分の真の姿を見たくない、医者に病気の宣告をされたくない、
といった自己防衛の意識も当然働くでしょう。
自己申告で来られる方は、たいてい正常ないし認知症予備群(MCI)です。

予備群の段階で診断する意味があるか無いかについては少し意見が分かれます。
がんと同様に「早期発見・早期治療」の図式が成立するのかという命題です。
予備群の段階で運動習慣をつけると認知機能が改善するという報告があります。

あるいは、特定の予防薬を投与すると認知症になるのを予防できる、という
研究も進んでいて、実際、そのようなデータを目にすることが増えました。
もちろん年齢によります。

βアミロイドの脳への沈着は、40歳から始まっていると言われています。
すなわち、症状が出る20~30年前から、病への変化は始まっているのです。
ならば、生活習慣やお薬である程度は予防できるはずではないか。

むろん反対の意見もありますが、私自身は「予防できる」と考えています。
ですから、中年や初老期の方なら、早期診断・早期介入の意義は大きいと
考えています。

最近、認知症は脳の生活習慣病と言われていますがそのとおりだと思う。
特に糖尿病になると、認知症になる確率が2倍高くなることは有名です。
話は変わりますが、メタボ健診制度は実は尼崎市から始まりました。

心筋梗塞や脳卒中で寝たきりになったり、早世したりしないための検診です。
40歳~64歳が対象ですが、やるなら子供からやらないとと思っていた。
しかし今考えると、メタボ健診とは、まさに認知症検診ではないのか。

メタボ健診で異常がある人には、特定保健指導という介入がなされます。
それがまさに、認知症の予防介入のように思えてなりません。
と言っても将来、2人に1人が認知症になると言われる時代です。

検診や早期診断という特別なものではなく、世界一の長寿国の国民に
とって当たり前の「心得」として、国民的習慣にすべきだと思います。
すなわちどこまでも生活習慣病対策と重なるのではと考えています。