毎日、ご家族が「認知症の薬を出してくれ」と言って来られます。
そもそも認知症のお薬って、なんでしょうか?
またなんのためにお薬が必要なのでしょうか?
お薬の出番として考えられるのは、
①中核症状(短期記憶など)を改善したい場合
②周辺症状(徘徊や暴言など)を改善したい場合
③どちらもまだ無いが、予防薬が欲しい
の三つの場合でしょうか。
アルツハイマー病の中核症状の進行を緩やかにさせる薬として
4種類のお薬が保険適用になっていることは、既に書きました。
ただ、保険適用になっているのはアルツハイマー型認知症だけです。
レビー小体型認知症や脳血管性認知症に抗認知症薬を健康保険で
投与することはできません。
ただ「認知症」という病名だけでも使うことはできません。
一方、周辺症状を改善させるお薬として、漢方薬の抑肝散、
グラマリール、セロクエル、リスパダール等がよく使われています。
しかし抑肝散以外は、向精神薬と呼ばれる、きついお薬です。
きついとは、効きすぎるとふらついたり眠くなったり副作用があること。
ただし、いくらきつくても、匙加減さえできれば有難い薬かもしれません。
本人も家族も、こうした薬のおかげで助かる場合が現実にはあり得ます。
大切なことは①の中核症状へのお薬の副作用として周辺症状が
出ている場合をよく見かけることです。
そしてその周辺症状に対して②の薬が2~3種類出ている場合です。
これは本当によく見かけるパターンです。
本来は、①を中止すれば穏やかになり解決するのですが、
実際は、①はそのままで、周辺症状のお薬が出ています。
つまり、1-1=0で解決を図れるのですが、
1+3=4で解決を図ろうとするのかは、天と地くらい違います。
4だと眠気が出て、転倒→骨折→認知症悪化と悪循環になります。
そもそも、なぜ①で副作用が出たのでしょうか?
①のお薬は、元々吐き気や眠気などの副作用が多い薬です。
さらに、①の出番ではないのに、①が出た場合があります。
例えば、ピック病で暴れている人がアリセプトを飲めば
まるで火に油を注ぐように大変な事態になります。
それは、そもそも診断が間違っていたので、そうなるのです。
一方「周辺症状」は、BPSDと呼ばれることもありますが、
認知症の症状として起きている不穏症状のことを指します。
しかし、抗認知症薬の副作用であることが実に多い。
また慢性硬膜下血種などの「治る認知症」が原因であることもあるので、
以上の三つのどれなのかを見分ける必要があります。
それを考えずに、向精神病薬を出すのは間違いです。
つまり「診断」がどれだけ大切か、という話です。
誤診をしたら、当然、治療薬も誤ったものになり改善しません。
さらに診断が正しくても、薬の量が合わないと大変なことになる。
特に脳に作用するお薬は、適切な量は個人差が大きいと思います。
どれくらい個人差があるか? と聞かれたら10倍、いや100倍かな。
そんなにあるのかな? と思われる方が多いでしょう。
通常、お薬の量は個人差があるといっても2~数倍です。
降圧剤でも糖尿病薬でも、わずかな範囲内で調節します。
しかし脳に働く薬はとてもそんな範囲には収まりません。
風邪薬のPL顆粒を1包飲んだら2日間寝込んだ人がいました。
あるいは緩和ケアで使う医療用麻薬は、必要とする量は極めて
個人差が大きいのですが、10倍、時には100倍にも及びます。
その患者さんの痛みを取るのに必要な麻薬の量を探す作業を
「タイトレーション」と呼び、緩和ケアの重要な技術です。
10倍なのか、100倍なのかを短時間で探し当てる作業です。
あるいは、弱い安定剤で3日寝込んだ高齢者もいました。
薬剤が脳に及ぼす影響は予想を遥かに上回る場合をよく経験します。
反対に全く効かない、効きが極端に悪い場合もあります。
さて脳に作用する4種類の抗認知症薬は、国と製薬会社が決めたスケジュールに従って、
階段を上るように増量していくことになっていますが、
これは脳の感受性の個人差を全く考慮しないように思います。
アリセプトの場合3mgという量は2週間まででそれを過ぎたら必ず
5mgに増量しないと、当局からペナルテイを受けることになります。
ちなみにペナルテイとは、医者がその薬代を全額負担することです。
5mgだと調子が悪くなるので3mgに減量するなど真面目に診療を
しても保険の審査は画一的でそうした個別性を原則想定していません。
レセプトの摘要欄に嘆願コメントを書けば認められるかもしれません。
コウノメソッドで有名な河野和彦医師は、アリセプトを1mg刻みで
使うことを提唱されていますが、こうした「さじ加減」は脳の特性を
考えると極めて重要な指摘ではないかと思います。
すなわち脳に作用するお薬は、医療用麻薬におけるタイトレーション
という概念を考慮すべきではないか、と思います。
昔からお薬は、「さじ加減」と言われますよね。
認知症に薬を使う場合は、
- 診断が正しいこと
- 薬の量が適切であること
が必須条件です。
しかし現実に、そうである場合はどれくらいでしょうか?
不適切な投与例が、相当数あるのではと経験的に思います。
なぜそうなるのでしょうか?
それは正しい診断ができていないから、
診断が出来ても、脳の感受性を考慮した薬剤量が使われていないこと
が原因ではないかと思います。
- 抗認知症薬は必ず規定量まで増量していけねばならない
- 増やさないと効かない、効かないから増量しなければならない
という間違った思い込みがいたるところに蔓延しているからではないか。
さらにいうなら、診断名は途中から変わることもあり得るし、
必要とされるお薬の量も、刻々と変化しているのではないか。
そうした流動性や柔軟性という視点も大切だと思います。
河野先生は、「アルツハイマー病のレビー化」という言葉を
使われますが、確かにそのような症例が存在します。
あるいは「病名などはどうでもいい」「大切なことは何に困っているか」
とも言われ、病名に拘れる必要は無いことを説かれています。
あるいは、CTやMRIの画像と臨床症状が必ずしも一致しない指摘も然り。
私自身も河野先生の御高説に触れる度に、
これまでに相当な間違いをしてきたことを思い出しては反省しています。
「さじ加減」ができる医師になれるよう日々勉強しているつもりです。
ただ、言い訳をさせていただくならば、国の決まりが画一的すぎることも多分にあります。
認知症にはもう少し医師の裁量を認めて頂くと診療がやりやすくなります。
最近、あちこちに認知症に関する文を書きますが、一番強調したいのは
認知症医療における「個別性」です。
認知症医療こそ、「個別性」に最大限配慮したいと考えています。