《1574》 薬の「効く」「効かない」を考える [未分類]

ディオバンといえば、いまや論文捏造の代名詞なのかもしれません。
高血圧のお薬ですが、血圧を下げることは事実だと信じています。
データが「捏造」とされているのは、脳梗塞や心筋梗塞を減らす話です。

血圧は下げるけど、脳梗塞や心筋梗塞での死亡率は減らない?
それってどう解釈すればいいのでしょうか。
必要な薬なのか不必要な薬なのか、という疑念を持つのは私も同じです。

真相はまだ解明されていない現在、ディオバンの話をするのは将来、
間違った話になるかもしれないのですが、少しだけ触れておきます。
というのも数年前、ディオバンが認知症を予防すると聞いたからです。

ディオバンがアミロイドβの沈着を抑制するという論文データを
確かに見た記憶がありますが、動物実験だったような気がします。
実は、このように『認知症に効く』という薬のデータは山のようにあります。

ただ動物実験のデータが、人間にも当てはまるという保証はありません。
また試験管内で「効いた」といっても生きている人間に効く保証は無い。
実は、お薬が「効く」とか「効かない」という事はとても難しいのです。

認知症の人を、くじ引きで2群に分けてみましょう。
一方の群にはディオバンを、一方には偽薬を飲ませて、長期間、
認知機能の変化を観察するのですが、あなたならそんな臨床治験を受けますか?

あるいは、大切な親や配偶者に、受けさせますか?
くじ引きで分けられたのがどちらなのかさえ知らされず、何年も飲むのです。
薬が効く、効かないという話は、そうした治験の結果で語られるのです。

欧米では協力してくれる人が日本より多いので、治験がやり易い。
治験協力に対する謝礼も大きな魅力でしょう。
日本人は豊かだし、国民皆保険制度が充実しているので治験はしにくい。

その臨床治験の生データを記入する時に、真実と異なるデータを記入
したことが何度も何度も報道されているが、それが論文捏造事件です。
こうした不正は内部告発で発覚する場合があります。

ディオバンの場合は、論文データのグラフのカーブが不自然なことを
ある医師が指摘したことが発端となり、不正が発覚したと聞いています。
不自然な操作をすれば、自然にどこかが不自然になるのです。

さてそのディオバンが認知症に効くかも? と言われても
今となっては「本当かな?」と思うのは私も同じです。
論文の著者にしか分からないことです。

ディオバンは、『ARB』というカテゴリーの降圧剤のひとつです。
ARBは糖尿病の発症を抑えるという報告もあり、その理由で
認知症の発症を予防できるのかもしれません。

こうした既存の薬が思いもかけず認知症に効く、なんてことは
今後、充分あり得ると思います。
偶然からでも、いろんな発見があり得ると楽しみにしています。

新薬の開発もいいのですが、膨大な時間とお金と手間がかかります。
ならば、膨大な既存薬の中に認知症にいいものはないのかな?
そう考えるのは自然なことです。

既存薬だとすでに人間に飲ませているわけですから、毒性試験の
ような基礎的な検証を省略でき、大幅に開発経費を削減できます。
シロスタゾールもそのような検索研究の中から出て来たものです。

糖尿病の薬の中から、コレステロールの薬の中から、胃薬の中から
もしかしたら認知症を改善させる薬が、見つかるのかもしれません。
そう思って毎日診療をしていますが、そう簡単には見つかりません。

それはあくまで長期的な経過を統計処理してはじめて効果があったか、
無かったのかが判明するわけで、短期間では分るはずがないのです。
たとえ同居の家族でも、効いているか効いていないのかの判定は無理。

要は、いい治療薬や予防薬を見つけようと思っても、エビデンスの
構築には莫大な手間に加えて、何より患者さんの協力が不可欠なのです。
ただし、科学技術の進歩でもっと簡単に候補薬を発見できるかもしれない。

たとえばメタボロームという技術です。
認知症の人の細胞内代謝産物を分析することで、その合成に関わる
酵素が鍵となって、新しいお薬が発見されるかもしれないのです。

話を戻しましょう。

高血圧や糖尿病の薬がアルツハイマー型認知症に有効か? と
聞かれても、私にはよく分からない、としかお答えしようがありません。
申し訳ありません。

認知症の一部は、生活習慣病であることは間違いないでしょう。
ならばそれらを改善するお薬は、当然認知症に悪いことをする
可能性は低いと思います。

メタボりックドミノという考え方があります。
ドミノ倒しのように、生活習慣病があると様々な合併症が引き
起こされるのですが、ドミノの最後の方にあるのが認知症なのでしょう。

認知症に効く薬が他にあるのか無いのか聞くのは簡単ですが、
答えるには、膨大なデータの裏付けが必要なのです。
そして現在、そのデータの信ぴょう性が大きく揺らいでいるのです。

こんなことを書くと怒られるかもしれませんが、ディオバンのような
論文捏造は有るか無いかではなく、程度の問題だと思っています。
沢山使われているお薬の論文には、少しは手心が加わる可能性がある。

新薬の開発には、必ず臨床研究が必要です。
主に製薬会社から提供される「研究費」を使って治験がなされます。
効いたか効かないかという判定には多少のバイアスがかかり得ます。

製薬会社が主導する臨床研究の宿命かもしれません。
こうしたバイアスや捏造を避けるために、医師が主導する臨床治験も
沢山行われていて、その研究成果は信頼性が高いものだと思います。

いずれにせよ、製薬会社と臨床研究の在り方は、ディオバン事件を
きっかけに今後、大きな見直しが行われるでしょう。
となると過去の論文データもどうしても疑いの目で見てしまいます。

騒動は、降圧剤にとどまらずいろんな生活習慣病薬等に飛び火する
可能性が充分あると予想しています。
勝手な予想ですが、町医者の本音です。

もちろん抗認知薬とて、例外では無いと思います。
というのも、どの薬も「効く」話ばかりで、「効かない」という話は
まったくと言っていいほど聞かない。それ自体が不自然だからです。

昨日、フェラル酸が認知症予備群に効くというデータ解析に有意差は
出なかったと書きましたが、そんなデータを見るとホッとするのです。
お薬の世界には「効く」話ばかりなのは、素人が考えても不自然です。