《1576》 医者を信じるな、薬を信じるな [未分類]

私が認知症の人を沢山診させて頂くようになったきっかけは、
「つどい場さくらちゃん」代表の丸尾多重子(通称、丸ちゃん)さんとの出会いでした。

丸ちゃんは認知症の方の介護家族を支援するNPO活動をなさっていますが、
当時はまだ任意団体で、マンションの一室が活動拠点でした。

兵庫県の外郭団体が主宰する「命と生き甲斐プロジェクト」の
公開プレゼンテーションで10年くらい前に、出会いました。

そこで認められると市民フォーラムに多少の助成金が出るのですが、
本当の狙いは、兵庫県の「ヘンな人たち」と出会えるからでした。

淡路島の馬に乗せて病気を治す「ホースセラピー」に取り組んでいる人たちとの出会いは新鮮でした。
そこに「つどい場」とか、「さくらちゃん」とか、「介護者の支援」など、
当時はチンプンカンプンの言葉を発する丸ちゃんと、気がついたらなんとなく仲良くなっていました。

この出会いは2人の共著、「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」
の中に詳しく書いていますので、よろしければ読んでください。(現在、8刷り目です)
誘われるまま丸ちゃんが主宰する「つどい場」とやらに行きました。

そこには認知症の人と介護者が集まり、ご飯を食べながら意見交換をしていました。
といってもいつも、介護者の愚痴を丸ちゃんが聴いていました。
そこで「アリセプトを出す医者はヤブや!」と何度言われたかわかりません。

認知症かと思って専門医に行けばアリセプトが出て(当時はアリセプトしか無かった)、
暴れ出して大変なことになった。
そして家族の判断でアリセプトを止めると大人しくなる、なんて話を何十回も聞かされました。

毎年3月になると、「おむつはずし学会」という集会に誘われて、
何やら人前で話しをするようになりました。

私はそれまで人前で話す機会はあまりありませんでした。
話は、相当に下手だった、らしい。(と、最近よく言われます)

そこには介護界の大スターである三好春樹さんをはじめ有名人や
全国の介護者や認知症の家族が集まってワイワイやっていました。
現在もこの学会は「かいご学会イン西宮」と名前が変わり継続しています。

いずれにせよ、認知症という世界への入り口は、丸ちゃんであり、
介護者であり、アリセプトの副作用でした。
大学時代に認知症について習った記憶はありません(行ってなかったけど)。

そうです。まだ「痴呆」という言葉しか無かった時代ですから当然です。
認知症という言葉ができたのは、ほんの10年前。
ちょうどその頃から、介護者の視点から認知症というものと関わることになりました。

在宅医療で認知症を診ることもそれから格段に増えました。
認知症の勉強会にも何度も足を運ぶようになり、
ついには認知症学会にも入会して、無謀にも専門医取得も目指しました。

55歳を超えて専門医を取得しても何の意味も無いのですが、
専門家集団の会話に耳を傾けてみたかったのです。
どんなレベルで話をしているのか知りたかったのです。

製薬会社さんが主催する講演会にも何度も何度も行きました。
アリセプトが一番多いですが、2011年以降はレミニール、
メマリー、イクセロンパッチ/リバスタッチの勉強会にも行きました。

しかし、そこでいくつか気になった点がありました。
講師がいつも似たような医師ばかりなのです。
おかげで認知症医学界の有名人をすぐに覚えてしまいました。

同じ医師が、Aという薬の会に行けば、Aがいいと言い、
Bという薬の会に行けば、Bがいいと言う。

さらに、Cに行けば、Cがいいと言うし、
Dに行けばDがいいという具合です。

「おいおい、大丈夫かいな」という感じを持ち、
懇親会で講師に直接質問したこともありました。

「いったいどれがいいのですか?」。
すると「どれもいいですよ」みたいな返事でガッカリしました。

まあ、降圧剤の世界でもよくあることです。
製薬会社から相当な支援をされているのだろな、
ということは医師でなくてもすぐに分りまます。

何より困ったのは、アリセプト3mgで調子が良くなった人を
製薬会社や国の言う通りに5mgに上げると、調子が悪くなることでした。
3mgのままだと何カ月後かに保険者から「減点通知」が来るのは困りました。

すなわち、「アリセプト3mg継続は認められません」と書かれていて、
2週間以降の薬代は、クリニック負担になった時期がありました。

悩みました。
家族を説得して5mgに無理やりにでも増量するか、
自分が自腹を切って3mgを継続する覚悟で臨むのか。

後に、「レセプトの摘要欄に3mgでないと困る理由を書くと
3mg継続でも認めるかも」といった通達が出て少し安心しました。

しかし勉強会に行くと、そんなことはお構いなしに、
「着衣ができなくなったら高度認知症なので5mgではなく10mgにアップしましょう」
という話ばかりでした。

お決まりの医師がお決まりのように10mg、10mgと増量を薦めます。
欧米は23mgまで使えるのに、日本は10mg処方が少なすぎるという
説明を何度も聞きました。

丸ちゃんの仲間たち、すなわち認知症介護者の生の声は、
「アルセプトを出す医者はヤブ」、しかし一方では、
「5mgではダメだ、10mgに増量しないと効かない」と
精神科の教授や実力者たちが力説しているのです。

私は困りました。
「いったいどうなっているんだろう?」。
本当にチンプンカンプンでした。

前医からアリセプト10mgを処方されていた方は、
恐る恐る5mgに減量していきました。
何も困ったことは起こりませんでした。
もちろん穏やかになった人もいました。

医学部の教授と丸ちゃんというおばちゃんのどちらを信用するか?と聞かれたら、
はやり現場の声の代表者である、
丸ちゃんの方を自然に信用するようになっていきました。

それでも、世界中で広く長く使われているアリセプトという薬を
全否定するまでには至らず、かなりビビリながら使うようになりました。
まだ半信半疑だったのです。

そんな時でした。
「アリセプトは微調節が大切だ。可能なら1mg単位で増減するべき薬だ」
という医師の話を伺いました。

それまで「一律に増量」を叩きこまれていたので、腑に落ちました。
そのような主張をされていた医師の一人が、河野和彦先生でした。
コウノメソッドで有名な医師です。

その後、レミニール、メマリー、イクセロンパッチ/リバスタッチの
勉強会に行けば、みんな3段階で増量すべし、という話ばかりでした。

しかし何度も聞いていると「必ず増量しなければならない」、
「増量しないと効果が出ない」という刷り込みを、
どこかでされている自分に徐々に気がつきました。

しかもアリセプト3mg継続がどこかでトラウマになっているのです。
今考えれば、「個人差」が相当あって当然なのですが思い至らなかった。

それは何の薬でも同じですが、特に脳のアセチルコリン量に作用する薬ならば、
薬への感受性は人によって相当違って当たり前なのです。

時には、10倍、20倍違うはず。
少なくとも、2倍、3倍という違いではないはずだ、
ということがやっと確信できるようになりました。

1カ月前、在宅ケアの研究会で河野先生と初めてお会いして意見交換をしました。
彼が出している書籍も、買っていたものを改めて読みあさりました。
河野先生の活動の原点も実は、アリセプトへの疑問ということを確信しました。

私も認知症世界への入り口は、介護者から見たアリセプトだったのです。
すなわち、河野先生も私も、介護者の生の声から入っているのです。
論文やデータではありません。

河野先生の近著「医者は認知書を治せる」にはこう書いてあります。
「医者を信じるな、薬を信じるな」と。
なかなか言えないことですが、同感です。

喧嘩を売っているつもりではないのですが、どうしてもそうなってしまうのです。
患者さんを救いたい、介護者を救いたいとなった時、医者は究極の選択に迫られます。
医学界を取るか、患者さんを取るか。

河野医師も私も、患者さんを取ることを決めた人間です。
誤解の無いよう申し添えますが、アリセプトがいけないと言っているわけではありません。
改善して喜ばれている人も沢山おられます。

河野医師もアルツハイマー病の3分の1の患者さんに処方していると述べられています。
私も同様に半分ないし3分の1ですし、他の3種類の薬も使っています。

ただ河野先生のようなさじ加減をもっと学ばなければ、と思っています。
要は患者さんの訴えをよく聴き、介護者の顔色も診ながらのさじ加減なのでしょう。
いずれにせよ「おかしい!」と思ったら、とりあえずすぐに中止をするようにしています。

偶然ですが、河野先生も私も下の名前に「和」という文字が入っています。
昔はそうは思いませんでしたが、年を取れば取るほど「和」という文字が
持つ重みを感じています。

診療の在り方、組織の運営、生き方など、とても自慢できるようなものは
何もありませんが、至らない人生の中で「和」という文字は毎日意識します。

最近は、集団的自衛権解釈の閣議決定がなされてから、なおさら「和」の重みを感じています。
話が逸れて恐縮ですが、どうか「和」を重視した議論を重ねて欲しいと願うばかりです。

認知症診療も白か黒かという世界ではなく、いかにして失われる認知機能との
「和」を保てるかが最大の課題であると思います。

コウノメソッドをよく読むと、
「診断は臨機応変に変わっていい。大切なことは何に困っているかだ」とか、
「さじ加減が大切。いくつかの薬を組み合わせる」という思想を感じます。

これは東洋医学ないし「和」の思想であり、
「必ず10mgまで増量」といった西洋医学的思想には無いものです。
私も大賛成です。

という訳で河野先生と発信の入り口があまりにも似ていて共感してしまうのです。
それはアリセプト増量への疑問であり、それは医療者側からの情報ではなく、
患者さんやご家族側の情報に耳を傾けた結果なのです。

以上は、当たり前のことなのでしょう。
何も特別なことではなく、常識的な判断だと思います。

しかし、医療界の中でそんな当たり前の発信をしている医師はまだ完全に少数派です。
気がついた医師達が力を合わせて新しい認知症診断学・治療学を構築しようとしています。

私はそこで勉強させて頂くのが楽しみです。
自分自身の老後のためにも、とても興味があります。

PS)
みなさま、台風は大丈夫でしたか?
私は、この台風の中、3日連続で平穏死の講演をしていました。

特に昨日の午後は、台風が上陸したばかりの兵庫県姫路市で
夕方までタップリ講演をしていました。

台風の目の中で講演したのは初めての経験でした。
まさか、まさかの3日間でした。

普通は中止になるのでしょうが、主催者が念力で台風を蹴散らせてくれたのか、
信じられないかもしれませんが、雨にも濡れず、台風の実感も無く過しました。

帰ってテレビを見ていると川が氾濫したり大変なことになっていました。
被害を受けた皆さま、避難されていた皆さまにお見舞いを申し上げます。