《1584》 (その2)マルメ介護とマルメ医療 [未分類]

→ (その1)から続く

2020年、介護保険制度は成人式を迎えた。

今までさんざん指摘されてきた問題点は、経済的事情が差し迫っていたこともあってかなりの工夫・改善が加えられ、一応「大人」になった。

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田中君(仮名)は、両親の在宅療養の様子を詳しく話し出した。

母親の認知症は現在、中等度だそうだ。介護区分は機械が「竹」と判定した。最近、認知症の進行が極めて緩やかだと、主治医に誉められたという。

ボケはじめた20年前は、当時の主治医から「10年後には寝たきりになる」と予告されていたが、予想に大きく反して元気で長生きしている。現在でも室内ならつたい歩きができるし、何よりもいつも笑顔がある。自分のスプーンで食べられるので「松・竹・梅」の「竹」という要介護判定が出たのだろう。

田中君の母親の1週間の様子を聞かせてもらった。月曜日から金曜日までは、昼前から毎日3時間のデイサービスに行くという。

以前は、介護事業者の都合により8時間の長時間のデイサービスしか無かった。いつも疲れ果てて帰ってきていた。デイサービス施設では1日中同じ姿勢でいたらしく、いつも腰が痛い、○○が痛いと大騒ぎし、時には床ずれを作って帰って来た。

主治医からは「もうデイサービスには耐えられない体力」とまで言われた。実際、しばらくデイサービスを止めてみたら驚くほど元気になった。

そして現在の3時間のデイサービス制度が一般化してから、再び通い始めた。3時間なら耐えられるようで、笑顔で出かけて行って、帰ってきても以前のような文句を言わなくなったと。結局、ウイークデイは以前のように毎日行くことになったという。

3時間の内訳は、1時間が食事、1時間が入浴、そして1時間が「クラブ活動」だという。

「デイサービスでクラブ活動?」

思わず聞き返してしまった。

「クラブ活動」とは、利用者がその日の気分で自由に選べるメニューのことだった。料理、クイズ、洋裁、カラオケ、踊りなど10項目ほどの人気メニューが用意されているそうだ。

それぞれが工夫されていて、施設によっては男性用にパチンコ・麻雀・競馬などのギャンブルもあるという。驚いたのは本物のお金を使っていることだった。ただし、1日の上限は千円と決められていて、家族の許可の元で行われていた。ギャンブルといえども、本物には認知症の進行を遅らせる効果があることが医学的に確認されていた。

そんななかでも、一番人気のメニューは「何もしない」だという。気分が乗らない時は、この「何もしない」を選択できるとのことで、結構な人気だそうだ。文字どおり、何もしないでボーっとした1時間を過ごすという。同じボーっとするのでも、自ら選んだ「ボー」と単に放置された「ボー」ではかなり違うように思える。いずれにせよ、「何もしない」を自らの意思で選べることは素晴らしいことだと思った。

ちなみに田中君のお母さんは、現在は「カラオケ」メニューがお気に入りだそうだ。家に帰っても、演歌の歌詞を覚えることに励んでいるという。

中等度と高度認知症の人は独居や同居を問わず、希望すれば毎晩22~24時の間にホームヘルパーさんが巡回してきて就寝の確認をしてくれるそうだ。何も無ければ10分ほどで帰っていくが、定期的な見守りがあるのでこうして安心して飲みに出られるんだと、田中君は笑った。

「地域貢献事業」の一環として、地域の社会福祉法人が当直当番のヘルパーを一定時間地域を巡回させることになっているそうだ。当直の人材確保に多少の苦労はあるが、「在宅での生活の様子も見られてやりがいがある」と喜ぶ介護スタッフが増えているそうだ。

また月に2回程度、2泊3日のショートステイにも行くという。田中君はその間、夫婦で小旅行に行くこともあるという。

よく考えれば、寝ている時間を除けば半分は在宅、半分は施設で生活している計算になる。介護スタッフは在宅も施設も同じメンバーなので、母親もとても安心だそうだ。そうした昼間の移動が母親の認知症の進行を遅らせていると、在宅主治医から説明されたそうだ。たしかにそう言われてみればそうかもしれない。

10年前、肺炎で入院した後に寝たきりに近くなった時に、認知症が短期間でひどく進行した。あの時に比べたら、現在は嘘のように元気で穏やかだ。

2014年秋に町医者が書いた「患者よ、ボケはとめられる」という本を読んだ。あの時は「ほんとかな?」と思っていたが、今振り返って見ると「あれは本当だ!」と、たった両親二人の経験に過ぎないが確認できたという。

外出の機会が多いことや自ら選ぶ「クラブ活動」のおかげで、認知症の進行が止まっているのではないかなあ。そう聞きながら、昔あった「小規模多機能」を思い出した。

今は、A市のこのブロック自体がひとつの施設のようになっている。認知症サポーターの講習を受けた民生委員や自治会の役員が、それとなく見守ってくれている安心感もかなりある。

「小規模多機能」はマルメだったが、現在も要介護「竹」で月15万円のマルメと聞き、これは「大規模多機能」なのかなあ、と思ってしまった。A市が独自に予算配分しているので、NPO法人「まじくる」のようなボランティア団体も何かとのぞいてくれるので安心だ。

さて、医療面はどうなっているのかも聞いてみた。認知症医療は訪問診療をしてくれる地域の『コウノメソッド認定医』により支えられていた。外来診療だけでなく、在宅医療も行う医者が増えている。

田中君の母親はレビー小体型認知症と診断され、アリセプト2mgを服用しているそうだ。穏やかな毎日は、医療面の管理も奏功しているのだろう。

認知症の場合、2週間の1回の医師の訪問診療と週1回の訪問看護がセットになっているという。もちろん、誤嚥性肺炎を起こした時は訪問看護師が連日訪問してくれたし、1度だけだが重症だと判定された時は、近くにある150床ほどの病院の中にある「地域包括ケア病棟」にすぐに入院できた。

A市のこのブロックでは、開業医と病院が互いに電子カルテを見られるようなシステムになっていて、在宅登録患者さんには、イザという時のための入院ベッドが確保されているという。

救急隊員が慌てて搬送病院を探すこともない。救急隊員もクラウド上の連携システムを携帯端末に入れているので、受け入れ可能な「地域包括ケア病棟の空きベッド」が、自宅からの距離順で瞬時に表示されるシステムになっている。「10も20もの病院に断られて、家族から『タライ回し』と怒られた昔が嘘のようだね」と、ベテラン救急隊員も感心しているそうだ。

「地域包括ケア病棟」とは、2014年に誕生した新しい病床区分で、当初から入院患者さん13人に対して看護師さんが1人配置(13対1)されているという。制度ができた当初、多くの病院は半信半疑だったが、1年後には全国でこの病棟が1000を超えた。そこから火がつき、2020年にはほとんどの中小病院が地域包括ケア病棟を設けていた。

この病棟の目的は、わかりやすい。できるだけ短期間で元気にして、在宅に復帰させること。長くても2週間、短ければ数日程度で在宅に帰すことに特化した病棟なのだ。

たとえば肺炎の治療ならリハビリを集中的に行う。野球に喩えるとショートリリーフのような存在。もちろん、そこでは手に負えず更なる高度医療が必要な場合はいくらでもある。それを希望する患者さんには、昔ながらの7対1ないし10対1の高度急性期病棟に転棟することも可能だ。

しかし高齢者や末期がんの場合、すでに多くは「平穏死」という考え方が広く浸透し、延命治療を望まない患者さんが増えていた。その結果、「最期は在宅で」となるケースが増え、2014年と比較して2倍以上になっているそうだ。

気になる医療費と介護費についても聞いてみた。

なんと、在宅医療の自己負担はオール込みで1万円が上限だという。医師の訪問診療や往診、訪問看護などすべての医療保険の自己負担がこれに含まれている。

2014年当時の訪問看護は、医療保険と介護保険の両方にまたがっていた。しかし制度があまりに煩雑すぎたため、昨年からすべての訪問看護が医療保険下に一元化されたそうだ。これを機に、訪問看護ステーションの数は増加に転じ、A市の各ブロックに2~3カ所づつ機能強化型の大型ステーションもできてきた。

一方、介護保険のほうは自己負担が2割なので多少かかるが、要介護「竹」なので15万円の2割で3万円だという。つまり医療と介護の両方を足しても月4万円ポッキリの料金で在宅療養ができるという。これだったら母親の国民年金で十分やっていける、と在宅療養を決めたそうだ。

「認知症の人には在宅療養が適している」という論文が国際医療雑誌に載った影響も大きかった。自己負担額を聞いて、ちょっと安心した。それにしてもポッキリ料金とは、なんと素晴らしい明朗会計制度だと感心した。事業主にとっての「マルメ」制度とは、サービスを受ける人にとっては「ポッキリ料金」であり、とっても安心できる。

しかし「ポッキリ料金」と聞けば、昔からある食べ放題のレストランや炊き肉屋さんをついつい思い出してしまう。食べ物なら、多少「安かろう、悪かろう」でも仕方がないかもしれない。しかし医療保険や介護保険という公的な制度では、保険料に加えて税金が投入されている関係上、「悪かろう」は許されない。そこが一般のサービス業と社会保障制度下の義業の大きな違いだ。

介護保険制度が上手くいっているかどうかは、市町村行政がお墨付きを与えたNPO法人「まじくる」などがチェックをしているという。質の悪い介護事業者がいれば、NPO法人「まじくる」のようなオンブズマンによりホームページ上で公表される仕組みになっているそうだ。

もっとも、多くの介護事業者が互いに「非営利型ホールデイング法人」に加入して協働で運営されているので、2010年代と比べると悪質業者にとっては参入しづらく、もし参入できてもあまり旨みのある分野では無くなっていた。

一方、医療保険下の診療所も同様で、一部、標榜規制がかけられるようになった。

「在宅医療科」や「総合診療科」が新設されたが、一定の実績が無いとそのような標榜ができなくなっていた。ちなみに標榜の可否は、市町村医師会に任されていた。

昨年から、医師は医師会に全加入制度になったという。医師会といえば、一昔前は「欲張り村の村長さん」と言われていた。しかし最近は「良い在宅医を紹介して欲しい」とか「親切な家庭医を紹介して欲しい」という市民の要望に応える組織に変容。在宅療養や終末期医療などの市民のニーズにしっかり応えようという機運が高まり、従来の汚名挽回を図っていた。

余談だが、全加入制の導入により、不祥事などで医師会を除名された医師は実質的に医療活動ができなくなった。なりすましやニセ医者も活動できない仕組みだ。休日・夜間の緊急対応は、地域の「地域包括ケア病棟」が責任を持ってくれることになっているので、2010年代より在宅医療に参入する病院勤務医や開業医が増加して、「在宅診療科」は大変人気の診療科目となっていた。

(続く)