《1589》 (その7)「イヌニチュード」のDNA [未分類]

→ (その6)から続く

2014年当時、名古屋に「シャネル」という名前の犬がいた。緩和ケア病棟に病んでいる人を癒しに行く、「癒し犬」の一人だった。

……一匹ではなく「一人」と書いたのは、人間より大きな力を持つ生き物のように感じたからだ。

僕はその春、シャネルに逢いに名古屋のある病院まで行った。昼休みの院内広場には大きな犬、中ぐらいの犬、そして小さな犬が、入院患者さんと戯れていた。難しそうな顔をしたおじいちゃんも、犬と触れあっているうちに表情が緩んだ。まるで朝顔の花が開くように、病人さんの表情が開いていった。

その時、僕が知っていた犬の種類といえば、柴犬、秋田犬、チワワ、そしてゴールデン・レトリバーくらいだった。犬は好きだけど、種類には興味がなかった。

シャネルは大きかった。ゴールデン・レトリバーかな? と思ったらやはりそうだった。目はとても優しく、どこかもの悲しかった。それもそのはず。シャネル自身も病気のおばあさんなんだと後で聞かされた。

病気のおばあさんが、病院で人を癒す仕事をしていた。医師や看護師も癒していた。シャネルは、どんな医療者よりも素晴らしい仕事をしているように見えた。なぜなら、人間を自然な笑顔にさせていたから。なかでも認知症らしき人とは、抱き合ったままじっとしていた。なにか魂の会話をしているように見えた。

いや、きっと会話をしていたのだろう。認知症になれば、相対的に右脳優位になり直感が鋭くなるという話を聞いたが、僕はその説を信じている。その病院でその光景を見た時、絶対に正しいと確信した。むろんそんなエビデンスは無いし、出るとも思えない。それでも、シャネルにはその人の苦しみが分り、その人もシャネルの魂の叫びを聞いている――心からそう思えた。

その年の日本の認知症ケア業界では、フランスから来た「ユマニチュード」旋風が吹き荒れた。何年か前から「パーソン・センタード・ケア」というケア技術が有名だったが、ユマニチュードのほうが短くて響きが良かったのかもしれない。

僕もすぐに本を買って勉強した。とってもいい本だった。さすがフランス。田舎者の僕には、なんだかとても高尚なもののように感じていた。行く先々でユマニチュードが話題になっていた。それに詳しい専門家の講演も聞いた。ただ、なんとなくこれまでやってきたことと同じような気もしたが、自信は無かった。

そんな中、癒し犬「シャネル」を見た。認知症の人がみるみる笑顔に変わっていく様子に、「すごい!」と思った。

ユマニチュードは人間が作った技術だが、シャネルは犬が持つ力だった。どちらが凄い? と考えてみた。もちろんユマニチュードも癒し犬も、それぞれの特徴があるし相性もあるので一概には比較できないだろう。でも僕は、動物の持つ自然の癒しの力に感動していた。思わず「ユマニチュードよりイヌニチュード!」と叫んでしまったことを覚えている。

◇                 ◇

さて2020年冬、田中君(仮名)の家にも癒し犬がやってきた。田中君もご両親もそれまで、犬にはあまり興味が無かったし、飼ったことも無かった。そこに「一度、騙されたと思って」と、NPO法人「まじくる」の理事長さんの計らいで、癒し犬協会から何匹かの癒し犬が連れて来られたのだ。

A市には、癒し犬を飼育、教育する団体が3つあった。野良犬、捨て犬、そして病気の犬などワケアリの犬たちが彼らに引き取られた。優しいボランティアたちの愛情を受けながら、いつか「癒し犬」として活動できるよう教育されていた。

癒し犬協会は、主に有志の寄付で運営されていたが、行政からの援助も少しあった。2020年には寄付税制が大幅に見直されていた。ふるさと納税は100%税額控除になるだけにとどまらず、首長のお墨付きがあればNPO「まじくる」や癒し犬協会のような任意団体にまで税額控除ができた。

これは2014年当時には想像もできなかった大転換だが、それでも諸外国の寄付税制と比べるとまだ規模が小さいと言われていた。それでもこの施策のおかげで、NPOなどの活動が昔より活発になっていた。

田中君の家に来た「癒し犬」は、茶色のゴールデン・レトリバーだった。ちょっと垂れ目なので、なんだかずっと笑っているように見えた。人徳ならぬ「犬徳」のある顔に見えた。要するに犬らしい顔つきだったのだ。

要介護「竹」のお母さんも、要介護「松」のお父さんも、最初の20分位はまるで知らん顔だった。人見知りならぬ「犬見知り」していたのかも。結構大きいので迫力もあり、最初はどんな高齢者でもとっつきにくいのだろう。

しかし不思議なもので、30分も同じ空気を吸っているとどこか親近感が生まれる。たとえ犬と人間であってもそれは同じだ。敏感な人なら、植物と人間でも同じかもしれない。果たしてお母さんもお父さんも、恐る恐るその大型犬に触り始めた。

お母さんは車椅子から、お父さんは介護ベッドから手を伸ばし「癒し犬」も応えた。お互いに安心感を持ったのだろう。認知症があってもその辺の気微は十分に察知するのだろう。そして1時間後、御両親と大型犬は軽くじゃれあい始めた……。

「2人とも子供のような笑顔なんだよ。俺の小学校の運動会のような顔をして」
「素敵じゃないか。そんな笑顔、なかなか出ないよ!」

田中君はふと、6年前のスポーツ新聞の記事を思い出した。「癒し犬」の記事と写真がやけに頭に残っていた。「昔、どこかにシャネルって名前の犬型犬がいたの覚えてる?」と癒し犬協会の人に聞いた。

「覚えているもなにも、この子はシャネルの子供でグッチっていうんだ」
「ええっ!? なんだか親子でバブリーな名前だな」
「でもいいじゃない、覚えやすくて」

シャネルの子供・グッチはお金持ちに飼われていたが、飼い主が亡くなり癒し犬協会に引き取られたそうだ。人間の寿命は80年で、犬の寿命は15年。お互い、限られた時間の中で精一杯生きようとしている。

そして犬は、本能なのか困っている人を助けようとする。力になろうとする。グッチの立ちふるまいを見ながら、僕も少しは見習わなければと思った。

湯マニチュードやイヌニチュード。

2020年、こうした「イヌニチュード」は、認知症ケアとして日本中に知られていた。湯マニチュードやイヌニチュードの認知症ケアにおける効果は、エビデンスとしてほぼ確立されていた。だから在宅でも施設でも、こういった認知症ケアが積極的に取り入れられていた。

僕は、数年前に名古屋で活躍していたシャネルの雄姿を思い出していた。シャネルを知らない田中君は、両親が戯れたあとのグッチと遊んでいた。

同窓会の数日後にこのような午後を共有させてもらった。穏やかな時間だった。

(続く)