《1594》 (その12)「排泄見守り隊」に助けられた [未分類]

→ (その11)から続く

田中君(仮名)は、両親の排泄ケアについても語り出した。

「要介護『竹』のアルツハイマー病の母親も、要介護『松』の脳血管性認知症の父親も、這ってでも自分でトイレに行こうとするので大変だ」

田中君はそうボヤいた。

母親にはベッドサイドにポータブルトイレを2年間置いているが、一度も使ったことがないそうだ。父親は前立腺がんから尿閉になり、深夜に訪問看護師さんに導尿を依頼したこともあった。泌尿器科の医師からは、持病の糖尿病と脳梗塞に起因する神経因性膀胱との診断を受けていた。昨年、医師の勧めで膀胱バルーンを留置したが、一晩で自己抜去してこれまた訪問看護師さんにご迷惑をかけたそうだ。

2020年には、改良に改良が重ねられた便利な介護用ベッドも開発され、介護保険で利用可能となっていた。ベッドの床のうち、陰部が触れる部分がスイッチひとつで自動開閉するので、寝たまま排尿や排便ができる機械だった。

第三者にはとても使い勝手が良さそうに見える最新機器だったが、どうやら両親の心にはあまり響かなかったようだ。ケアマネさんに無理を言って、せっかく導入した最新式排泄機能付きベッドだったが、自分でスイッチを押したことは一度も無かった。排泄の気配を察知した田中君がスイッチを入れても、両親はその穴から排泄することを拒否して自らの力でトイレに行こうとするという。

結局、床を這うか膝立ちで歩くかで、わずか数メートルの動線を移動していた。しかし、狭い室内にもかかわらず迷子になるという。アルツハイマー型認知症の母親は、わずか数メートルの位置感覚さえ持てないのだ。それが認知症といえばそれまでだが、そんな母のために1メートルおきに「→トイレ」という標識を張っているそうだ。

そんな話を聞きながら、一同は田中君に同情しはじめた。

「田中君、大変だね。それじゃあ君が先に倒れちゃうよ。施設に入れたほうがいいじゃないかな?」

同級生の何気ない一言に田中君が急に泣きだしたので、一同は驚いた。そんな様子からも、夜間の排泄ケアがどれだけ大変なのかが想像できた。トイレ誘導や排泄の見守りは、多い時は一晩に数回に及ぶそうだ。在宅主治医が頻尿改善薬や睡眠薬を投与するなどの工夫をして少しは改善されたが、それでもぐっすり眠れることはほとんど無いという。

医学や医療がいくら進歩しても、最後まで残るのが排泄ケアだ。いくら綺麗ごとを並べても、人間最後は食べることとウンコ・シッコなんだ。田中君の話を聞きながら、僕はそう思った。

田中君に両親の施設入所を思い留まらせたのは、A市独自の事業「排泄見守り隊」だった。地域の社会福祉法人が運営する介護施設の介護福祉士が、深夜0時と午前4時の2回、排泄ケアの見守りをしてくれるという。昨年からできたこのA市独自の事業を、田中君も利用しているという。

要介護「竹」と「松」で、かつ介護者が1人以下の場合に限っての市町村事業らしい。マルメ介護料金に含まれているので、新たなコスト負担が無い。そうした社会制度に田中君は満足していた。

A市には、国から相当額の介護費が降りているそうだ。しかし市長の鶴の一声でこの「排泄見守り隊」に相当の配分がなされているという。地域包括ケア時代だからこそ、首長の裁量でそうした思いきった施策が可能になったという。

「でも、年が明けたら両親ともオムツになるんじゃないかな。かつてお袋は『オムツだけはイヤ。あんなもんするなら死んだ方がマシ』といつも言っていた。でも、もはやそんな元気も無くなったみたいだ。

それにね、『人間長生きしたら最後は赤ちゃんに帰る』って、NPO法人「まじくる」の理事長さんも言っていた。あの言葉を聞いてから、気が少し楽になった。だから在宅療養をまだ続けているんや。どこまで続けられるか分からないけどね」

と、田中君はしみじみ語った。

窓の外に目をやると、かずかに雪がちらついていた。まだ12月始めなのにもう雪?

今年も初雪は早かった。2014年以降、初雪は年々早まっていた。

(続く)