《1595》 (その13)「みんな同じ」じゃない! [未分類]

→ (その12)から続く

田中君(仮名)は、認知症の両親の在宅療養を振り返っていた。

「今となっては、あれで良かったのかな?て思うことが沢山あるよ」
「たとえば、どんなこと?」
「在宅で頑張らずに、老人ホームに入れたほうが良かったのかなんてね」
「そんなことないやん。オリンピックも見られて、最期まで少しだけど口から食べて、苦しむことなく逝きはったんやろ? 両親が望んでいた平穏死が叶ってよかったやんか。ご両親は天国から感謝してるに決まってるやないか」
「まあな。主治医の先生も最初はリビングウイルの意味も知らんかったのに、最期は延命治療もせずちゃんと看取ってくれた。実は最近聞かされたんやけど、俺の両親ってその先生の平穏死の第1号と第2号やったらしい」
「在宅医やのに平穏死を知らんかったん? それどういう意味?」
「それまでは、在宅で診ていた人が危なくなると怖くなって、みんな病院に送っていたらしいわ。なんとか自宅で看取ろうとしても、いつも奥さんに止められとったそうや。あんた、夜中に出歩いてたら早死にするで。ええ加減にしときや、と」
「なるほどね。医者も人間やからなあ」
「先生も“平穏死”の本を何度も何度も読み返していたらしいけど、親父とお袋の旅立ちにたくさん教えられた、と言ってくれたんや」
「正直な先生やなあ」
「そう、ちょっとおっちょこちょいやけどええ先生やった。やから看護師さんも良かったし。そう看取り士さんも良かった。まあこれはNPO法人『まじくる』の理事長のおかげやけどね」
「田中君は親想いで正直な人やね。高校の時からそうやったけど」
「でも両親を看取ってから、ちょっと体調が悪いんよ」
「ええ? 認知症が心配なんか? 遺伝子検査なんか受けたからな」
「ちゃうねん。なんかよう寝られへんようになったんよ」
「深夜の介護が無くなったから、ぐっすり寝られるようになったんちゃうん?」
「そのはずやのに、なかなか寝付けんくせに朝早くに目が覚めてしまうねん……」
「それってうつちゃうん?」
「やっぱり、そう思う?」
「思うで!」

一同が口をそろえていた。

肉親との別れは、最大級のストレスだという。田中君は、そのストレスで、どうもうつ状態に陥っているようだった。しかし、これも半年も経てば、まず自然に治るだろうが。

「こないだ親父の四十九日の日に、訪問看護師さんが寄ってくれたんよ。看護師さんはたまたまと言ってたけど、あれはちゃんと覚えてくれてたんや。嬉しかったな。2人が死ぬまで、たくさんの人が入れ替わり立ち替わり来てくれた。ちょっとうっとうしいな、と思ったこともあったけど、今思えばええ賑わいやった。それが亡くなった途端に誰も来んようになった。まあ当たり前やけどな。2つの介護用ベッドも引き揚げられてガランとした部屋に入るたびに、なんとも言えん寂しさが込みあげてきてな……」

といいながら、泣きだした。そんな田中君の様子に、一同は言葉もなかった。

「それに、遺伝子検査の結果もどこかで気になっているんや。最近、記憶力の低下が激しくて……。今日も、ここに来れるかどうかほんまは自信がなかったんよ」
「よう来てくれたな。でもしゃあないやん。それはみんな同じやんか」
「同じやないで!」

田中君は、言い切った。

「俺はもう一人もんなんや。子供も遠くに行ってしもたし、おひとりさまや。それは分かっていたことやけど、いざ一人暮らしになって、しかも認知症のリスクがあると分かったら……」

お酒のせいもあり、田中君は泣き上戸になっていた。たしかに、このクラスの仲間で現在“おひとりさま”は、もしかしたら田中君だけかもしれない。そう考えたとき、誰も田中君にかける言葉を見つけることができなかった。

(続く)