《1602》 脈診と腹診 [未分類]

昨日は、東洋はり医学会で平穏死についての講演をしました。
対象は全員が鍼灸師さんで、半数は視覚障害者とのこと。
死だけでなく、東洋医学に馳せる想いも語ってきました。

明治7年までは、日本の医学といえば東洋医学・漢方でした。
しかし文明開化の流れがあり、以降は蘭方すなわち西洋医学を修めた
ものだけが医師であると法律で定められて今日の医療に至っています。

私の大好きな総合診療とは、人間全体を診ること。
人体を細分化してたくさんの病名をつけてたくさんの薬を出すような
現代医学は間違っている、という話もしました。

ドクターGのような一過性のクイズではなく、長い長い「物語」を
支えていくことが地域医療の役割であると思っています。
鍼灸師さんも一緒に、地域の病んでいる人を支えましょうと。

高齢者が増える今後は、東洋医学的な医学が必要になります。
そしてがんに限らず、全ての病気に緩和ケアが必要であるので
鍼灸の時代が戻って来るというお話もして、講演を終えました。

終了後、会場全体を使って技術講習会が行われていました。
互いに教え合ったり、先輩が後輩を指導していました。
上級者はなにやら研究をしていました。


鍼灸師は、脈診と腹診を重視していました。
脈診とは、左右の3本の指で患者さんの脈を触れる診察法。
脈が大きい・小さい、沈む・浮くなんて言葉で表現します。

脈診で五臓六腑のどの臓器が病んでいるかを証をたてることから開始。
経絡(ツボ)を探して、そこに浅い鍼をうつと即座に脈が変化します。
私自身は鍼ではなく、脈診と腹診に重点を置いている点に心を打たれました。


<

脈と腹だけでなく顔、舌、手足もみんなで穴が開くほど見ていました。
そうした光景が会場全体であちこちで行われている姿は、圧巻でした。
ちなみに写真は、私が名誉会長さんに脈診を教わっている様子です。


視覚障害者が半数なのでスライドは使えず、話だけの2時間の講演でした。
しかしそのほうがよかったと思いました。
スライドを使うと、スライドに引っ張られることがあるからです。

視覚障害者の名刺にメールアドレスも書いてあったのでどうやって
メールを読むのかを聞いてみました。
音読ソフトがあるので心配いらないと言われました。

書籍も点字で読むのではなく、音声変換ソフトで読むので
3倍早いモードでも読める、つまり速読も可能だそうです。
そして最近は、点字を習わないひともいるとのこと。

現在の医療は、患者さんの話を聞くことと、体に触ることを
すっかり忘れているような気がします。
私は、脈や体に必ず触れることを若い医師に日々指導します。

今日の講習会の様子を遠くから見ながら、これが本当の医師だと思った。
時代が変われば、必ず東洋医学が再評価される日が来ることでしょう。
体を触らずにお薬を出すのは医師では無い、と確信した1日でした。

◇                ◇

九段下にある教育会館での用事が終われば、もう夕方でした。
日本武道館を横手に見ながら坂を上がると、そこは靖国神社。
久しぶりに参拝しました。

若者たちも沢山、参拝していました。
若いカップルたちも沢山来ていました。
門の横の掲示板には一通の遺書が書かれていました。

昭和18年9月3日にニューギニアのウエクワにて戦死された
陸軍少佐の森本三郎さんが書かれた遺書でした。
兵庫県印南郡別所村出身の26歳です。

現在、別所村は姫路市になっています。
同じ兵庫県人がとても26歳とは思えぬ立派な文章を書かれていて、
彼の年齢の2倍以上生きても子供っぽい自分が恥ずかしくなりました。

遺族が涙するので遺品は残さないこと、
両親に対する感謝の気持ちなどが箇条書きで書かれていました。
森本さんがこれを書いた気持ちを想うと目頭が熱くなりました。

そこに体格のいい元気な若者たちが10人くらい通り過ぎました。
声をかけてみると、明治大学相撲部の学生さんたちでした。
参拝に来たのではなく神社の横にある土俵での大学リーグだったと。

二戦二勝だったと言うハシモト力士に無理を言って、一緒に写真を
撮ってもらいました。
ハシモト君の後ろ姿に、森本三郎さんを重ねて見ていました。