《1618》 「医者が幇助する自殺」と「安楽死」 [未分類]

欧米での話を聴いていると、日本人には理解し難い
言葉が行き通い、戸惑います。
たとえば「医者が幇助する自殺」です。

Physician assisted death と言ったり
Physician assisted suicide などといいます。
Suicide とは、日本語では自殺ないし自死です。

これらは、日本語の「安楽死」に相当する言葉なのですが、
欧米では、death with dignity に含まれる言葉として使用される。
まずは、この点を理解することが大切です。

死期が近い(たとえば余命6か月以内)と判断された人に
医者が死ぬための錠剤を飲ませたり呼吸が止まる点滴をすることです。
そうした行為が合法化されている国々があるのです。

それとは別に、euthanasia という言葉も使われます。
日本語ではこれも安楽死ですし、殺人罪に問われます。
では、Physician assisted suicide と euthanasia はどう違うのか?

そこに医者がいるかいないか、だと思います。
医者がどこまで積極的に関わるかどうか。
いれば Physician assisted suicide で、いなければ euthanasia。

死ねる錠剤を渡しただけなら、ほとんどの人が飲まないといいます。
持っているだけで安心できるのが、euthanasia のための錠剤です。
しかし Physician assisted suicide だと、100%死にます。

では、医師が幇助しない“Suicide”とどう違うのか?
病気の人なら Physician assisted suicide と euthanasia で
病気でない人なら Suicide と言うのでしょうか。

彼らは、なぜ Physician assisted suicide や euthanasia するのか?
それはひとくちでいうと、Suicide できないからです。
キリスト教では、Suicide は禁じられているのです。

では、日本では Suicide は禁じられているのか?
禁じられていると思っていますか? いませんか?
欧米から見ると「禁じられていない」のです。

日本は禁じられていないので、3万人近く死んでいる。
日本は自殺が許されている素晴らしい国だ。羨ましいと。
しかし欧米では許されていないので、ややこしいことをしないといけない。

彼らの感覚では、そんな感じでしょうか。
なにより、宗教感の違いが根底にあります。
それを抜いて、こうした問題を論じることはできません。

私がなぜ、尊厳死という言葉を使わない一方で、
平穏死という本を何冊も書くのか。理由を理解いただけるでしょうか。
言葉の混乱を避けるためです。

シカゴから帰国していきなり、私の帰りを待っておられたかのように
2人の在宅看取りがありました。
まさに平穏死でした。

欧米人は、平穏死を知りません。
その背景には、国民皆保険制度や在宅医療制度が無いからです。
優れた緩和ケア技術も無いので、仕方がないのかもしれません。

しかしだからこそ、平穏死を発信しにシカゴまで行ったわけです。
わざわざそんなことして死ななくても、自然にお迎えがきますよ。
そんなことは言いませんでしたが、そんな気持ちを込めて話しました。