《1639》 徐々に大きくなり黄疸と痛みが出てきました [未分類]

2センチの肝臓がんを治療せずに放置した76歳の男性は、
ご夫婦で真面目に、私の外来にずっと通われました。
かなり遠方より通っていただいても、何もすることがありません。

時々採血してみたらPIVKAⅡという肝臓がんの腫瘍マーカー
の値が、初診時に60だったのが1年後には500になり、
1年半後には7400まで上昇していました。

腫瘍マーカーが腫瘍体積と比例すると仮定するならば、1年半で
がんは100倍以上のサイズに成長したことになります。
予想以上のスピードで確実に大きくなってきました。

腹部エコーで見ても、最初は1個だけだったのが、1年後には
数個以上となり、2年後には、数えきれない個数になりました。
そして血液検査では黄疸が少し出てきました。

同時に右のお腹に痛みを訴えるようになりました。
がんの痛みと考えて、麻薬の処方を加えました。
すぐに効果がありました。

かなり遠方の方なので、通院が負担になると考え、近くの知り合いの
在宅ホスピス医に打診してから、そちらに紹介しました。
現在、その先生の外来に通っておられます。

本当は、当初の手紙に書かれていたように最期まで看取ってあげたい
のはやまやまなのですが、保険診療上、それは許されません。
在宅医療は、診療所から16Km以内と定められているのです。

ですから、この場合は在宅医療や看取りを私が行うことは絶対に無理なのです。
しかし過去を振り返れば、クリニックの横に引っ越してきた方が
本当に何人かおられて看取ってきました。

しかし、今回の男性は、現在でも地元で商売をされています。
大好きなお酒も飲んでおられます。
家族や友人やお客さんに囲まれて、楽しい毎日を過されています。

だから尼崎に引っ越さなくても、そこにいればいい。
私がいい先生を紹介するから、と説得しました。
それが私ができる唯一の「恩返し」です。

なにせ、2センチの肝臓がんの自然経過を見せていただいているのです。
現在進行形です。
医者はこうした御縁で、患者さんから多くのことを教わります。

現在の主治医に満足しておられるようで、ホッとしています。
まだ通えるので、近くだし通っているとの電話を頂きました。
いつかは在宅医療となるのでしょうが、まだ大丈夫だそう。

もう私は主治医ではありません。
だから今週、その患者さんのお宅にお邪魔して一緒に
最初で最後のお酒を飲もうと思っています。

2年間も一生懸命、遠く尼崎まで通っていただいたその方の家に
今度は私が行く番です。
実は町医者には、こんな交流が時々あります。

そういえば先日、急逝された黒田裕子さんも肝臓がんでした。
気かついた時には、余命1カ月の末期がんでした。
「あと2年早かったらなあ……」と、専門医は呟いたと。

たしかに2年前だと、もしかしたら助かったかもしれない。
しかし1年前では多分、無理だったように思います。
私の勝手な推測ですが。

  • 2センチの肝臓がんでも、2年で急速に進行するものがある
  • 2センチの段階で手術しても、助かったかどうかは分からない
  • 助からなかった可能性も十分あるが、助かった可能性もある

同じ肝臓がんといっても、がんには多様性があり
しかも時期によって、立ちふるまいが変化します。
極論や一般論だけで対応できないのが、臨床現場です。

年齢が76歳でお酒が好きで、現在でも楽しんでおられる。
麻薬を飲みながらですが、それはそれでいいと思う。
放置するという自己決定を尊重し、最大限寄り添ってきた。

緩和医療の恩恵に、ちゃんとあずかっている。
なにより、現在も生活をしっかり楽しんでいる。
そして家族や仲間とともに、素敵な笑顔がある。

決して悪い選択ではなかったと今、私は思っています。
最初は強く手術を勧めました。医師として当然のことだ
と思いながら、勧めました。仕方がありません。

どんな医者でも、確実にどうなるかは分からないのです。
今思うとこの方は、結果的にタチの悪いがんであったようです。
しかし、それは後から分かることであって、その時点では分かりません。

後から言うのなら、誰でもいいことを言えます。
助かるか、助からないかのどちらかですから。
後から言うことを「後出しジャンケン」といいます。

後期高齢者以降のがんは、いろいろな選択肢があると思います。
延命処置云々の前に、がん治療を受けるか受けないか。
そしてどこまで受けるのか……

こうした究極の選択に寄り添う医師がいれば、患者さんは心強い。

町医者ならそれができる。
在宅ホスピス医なら、最期まで自宅で暮らすのを支えられる。
この方は信頼する仲間の医師に託したので、希望が叶えられるはずです。