《1796》 人間は枯れたほうが長生きをする!? [未分類]

長尾和宏の死の授業 in 東京大学・10》

人間は枯れたほうが長生きをする!?

長尾  これはね、実は医師たちもほとんど知らないことなのです。「在宅医療ではセデーションを行いません」と大病院の先生にお話をすると、皆さん一様に目を丸くします。そんなバカな、という顔で僕を見るのです。

酸素でもそうです。たとえば、肺がんの末期で大病院から退院をして在宅医療に切り替えた場合、ほとんどの患者さんが、酸素10リットルの機械に繋がれて、ゼコゼコと苦しそうに息をしながら帰ってきます。それもそのはずです。酸素10リットルというのは、本人にしてみれば、海で溺れている状態と同じだからです。

しかし、私が外来から自然に在宅に移行した肺がん患者さんの場合、こうしたゼコゼコは起こりません。痰や咳で苦しむこともありませんから、酸素も吸引器も必要ありません。ゼコゼコもないから、酸素も吸引もなく、穏やかに枯れるように亡くなる、まさにこれが、「平穏死」なのです。

実は、がんでも認知症でも人生の最終段階は、このように枯れて死ぬほうが長生きできるのです。平穏死とは、早く死ぬのではなく、溺れ死により長生きできる。こうした事実も、大病院のがん専門医の方々の多くが知らないようです。

生徒V  何もしないのが、「平穏死」ということでしょうか?


何もしない=「平穏死」ではない!

長尾  いいえ、そうではありません。実は多くの医師もそう誤解しています。在宅でも、「緩和医療」はしっかり行いますよ。

人生の最終章において一番大切な医療は、「緩和医療」なのです。多死社会に向けて、これから緩和医療がますます大切になっていきます。緩和医療とともに、平穏死と尊厳死の理解も深まっていくはずです。

よく、病院よりも、在宅のほうが痛い状態で日々を過ごさなければならないのではないか? という質問というか、不安な声を耳にします。だけど、そんなことはありません。むしろ、在宅のほうが、痛みをコントロールしやすいことも知っておいてください。

さて、一言で「痛み」と言っても、実は痛みには四種類あります。これは、医学生ならば誰でも勉強をしているはずなので、皆さんはもちろん御存知だと思いますが、念のため、紹介をしておきましょう。

~痛みには四種類ある~

  • 肉体的痛み …… 通常の身体的な痛みや日常生活の支障。
  • 精神的痛み …… 不安や恐怖、怒り、鬱などこころの痛み。
  • 社会的痛み …… 病気のために仕事を失い経済的に苦しくなったり、 社会的な疎外感によって感じる痛み。
  • 魂の痛み  …… 精神的な痛みよりも深いところから来る、人生の意味の問い、 霊的なもの、死生観に対する悩み。

※これら四つの痛みは「全人的な痛み」ともいわれ、人が人として感じる痛みです。


長尾
  さて、肉体的な痛み。これはモルヒネなどの薬剤で和らげることができます。しかし、残り3つの痛み。これは、薬でどうにかなる問題ではありません。特に、終末期に感じるという魂の痛み、いわゆる「スピリチュアルペイン」を医療者がいかに汲み取るかは非常に大切です。

在宅医として、私はこの「スピリチュアルペイン」が最後に来ているのが非常に気に食わないのです。みなさんには、これを一番目に考えてあげて欲しい。それこそが在宅医の仕事でもある、と私は思います。

言葉をかけること、具体的に何が辛いのか、悲しいのか、ひたすら傾聴をすること。私たちは、こうして患者さんそれぞれの「スピリチュアルペイン」に寄り添いながら、最期の限られた時間を平和に穏やかに過ごして頂くために、全力を尽くしています。

スピリチュアルペインの緩和なくして、実は「尊厳死・平穏死」はありえないのです。だから決して、「何もしないこと」=「尊厳死・平穏死」だとは考えてほしくありません。

(続く)

(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)