《1804》 「死」が日常から消えたことの弊害 [未分類]

長尾和宏の死の授業 in 東京大学・18》

「死」も「月経」も「出産」もなぜケガレ?

そろそろ時間が少なくなってきたので、なぜ私が、皆さんのような若い人達に向けて、【死の授業】をやろうと考えているのかを、お話しします。

日本にはもともと、死を忌み嫌い隠す習慣がありました。神道による「穢れ」の文化です。諸説あるようですが、「穢れ」は、もともと気が枯れるという意味の「気枯れ」が語源だと言われています。

「穢れ」とされたのは、何も死だけではありません。血とかかわるということで、女性の月経や出産も「穢れ」とされました。出産という尊い行為を、死と同じく不浄と扱うのか! と怒り出す現代人女性もいるかもしれません。しかし、

「穢れ」=「不浄」と考えるのは間違いだと思います。

死も月経も出産も、通常の状態よりも生命力(気)が枯れている状態ですから、なるべく人を近づけない環境にして、見守ってやらなければならない、ということが背景にあったらしいのです。

出産中の人や、死にゆく人の邪魔をしないように、子どもたちに、「穢れだから近寄ってはなりません」と教えていたのかもしれません。つまり、それくらい日常に「穢れ」があった。病院がなかったのだから当たり前です。生命の誕生も死も、日常に溶け込んでいたのです。

いくら隠そうとしても、嫌でも「死」は生活と隣り合わせ。物心ついた頃より、人は、たくさんの死を見ていたはずです。私が敬愛する五木寛之さんの小説『親鸞』を読むと、親鸞の生きていたいわゆる末法の時代では、天変地異による飢餓や、情勢不安によるクーデターが続いていて、京都の鴨川の川岸が死体で埋め尽くされて異臭を放っているシーンが描写されています。

また、親鸞が生きた時代あたりから江戸中期にかけては、「九相詩絵巻」という絵が大流行したそうです。これは、人間が外で野垂れ死んだ場合の、死体の変遷を九段階に分けて描いたものです。分け方は以下のようなものでした。

  1. 張相(死体が腐敗によるガスの発生で、肉体が膨張し始める)
  2. 壊相(腐敗がすすみ、皮膚が破れて壊れ始める)
  3. 血塗相(腐敗がさらに進み、脂肪や血液が外側に流れてくる)
  4. 膿爛相(死体そのものが、溶けだしてくる)
  5. 青瘀相(死体が青黒く変質する)
  6. 噉相(死体に虫がわきはじめる。また、鳥や獣に食い荒らされる)
  7. 散相(鳥や獣が食べ散らかして、散乱する)
  8. 骨相(骨だけになる)
  9. 焼相(骨が焼かれ灰だけになる)

 

こうした絵を買ってきて眺めることで、人々は「死」に向き合い、無常を知り、自分の肉体には終わりのあるものだと学んでいったのです。

「死」が日常から消えたことの弊害

しかし、現代はどうでしょう? 授業のはじめに皆さんに質問をしたように、「死」を見ずに大人になる人々がほとんどです。死も出産も、病院の仕事になりましたから、私達の日常生活からはどんどん切り離されていきました。お葬式さえも、自宅でやることはもう珍しいですよね。病院で亡くなり、そのまま葬儀場に直行というケースが大多数でしょう。

しかし、「穢れ」という意識だけは、なんとなく残っている。だから、見たことさえない「死」について、よくわからぬままタブー視を決め込むという、わけのわからないことになっているのが現代なのです。

たとえば、「人が死んだらどうなるか見たかった」という理由で殺人を犯した中学生がいます。また、小中学生に「人は死んでも生き返ると思うか?」というアンケートを取ると、どの地域においてもだいたい2割弱の子どもたちが、「生き返ると思う」と回答しているという衝撃的なデータもあります。

「死」を一度も見たことがないまま、いえ、一度も考えたことがないまま、医学部の門を叩く学生が、今後もっと増えることでしょう。人生を一つの大河と喩えるならば、そして、海へ流れ出るところを「死」とするならば、私は今まで、海の手前、河口に近づいた人々ばかりに向けて、「死」のお話を講演会や著書などでしてきました。

しかし、それでは遅いと気がついたのです。

もっと河の上流の人、つまり生命力にあふれた若い人々に、「死」について真剣に考えてもらわなければ、この国はどんどんおかしくなっていく。およそ死とは遠そうな若い人達に、私のメッセージが本当に伝わるかはわかりません。明日になれば、ほとんどの人が忘れてしまうでしょう。それでも、何人かの心に少しでも私の【死の授業】のエッセンスが残ってくれたのなら、それでいいのです。

だから、『長尾和宏の死の授業』という本を出しました。若い人に「死」を考えてもらうための、リアルな言葉だけで綴った本が必要だと思ったからです。今回の授業とはまた違う角度から、「死」について語っています。しかし出版社に送られてくる読者カードは、年配の人ばかりだそうです(笑)。

(続く)

(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)