《1814》 がんと遺伝、遺伝子 [未分類]

がん医療、ここが分らないシリーズ・7

Q  これからは遺伝子であらゆる「がん」がわかる時代と言われています。遺伝子検査のこれからについて、どう思われるか教えてください。また、両親ともにがんである人と、そうでない人は、がんリスクがどれくらい変わるかも、教えてください。遺伝しやすいがん、そうでないがんというのがあれば合わせて教えてください。先日、アンジェリーナ・ジョリーさんが2年前の乳房切除につづき、卵巣・卵管まで切除したというニュースが話題となりました。長尾先生はこの件についてどう思われますか?また、家族ががんで亡くなっていると、必要以上に「がん」を怖れてノイローゼになる人もいると思いますが、何かアドバイスはありますか?

A 今日も壮大なテーマなのですが、私見を簡潔に書きます。
   
  がんは遺伝子の病気。遺伝子に傷がつくことが原因です。
  この遺伝子と遺伝は、言葉は似ていますが、区別する必要があります。
  
  遺伝子とは細胞の核の中にあるDNAのことですが、遺伝とは、文字どうり、両親から遺伝子を"受け継ぐ"ことです。

  遺伝子の傷は、親から受け継ぐ場合もあれば、突然変異でつくこともあれば、  後天的な要因(食事をはじめとするライフスタイル)でつく場合もあります。

  さて、遺伝子診断というのは、がんの遺伝子の傷を検出できるという意味です。
  その傷にだけ作用する薬剤(分子標的薬)が続々と開発されています。

  近い将来、抗がん剤の主力は、この分子標的薬になりますが、遺伝子検査でその薬剤が効き易いかどうか、ある程度の確率で事前予測ができるようになりました。

  さて、がんになる遺伝子の検査が比較的安価で実施可能となり検査を受ける人が増えています。
  これはあくまでがんになる確率であり、現時点では占いレベルと変わらないと言われています。

  私自身は、受けても全然いいのですが、積極的に受けたいとは思いません。
  がんになる確率が数字で示されるだけならば、不安だけが残るような気がするからです。

  しかし、もし9割がんになる!と予言されたら、やはりショックを受けて急にライフスタイルを変えるかもしれませんね。(笑)

  みなさまは、自分の未来予想図が見られるのなら、見てみたいですか?
  「あなたはがんになる確率が50%です!」というあくまで"予想"です。

  そんなことをしなくても、日本人ががんになる確率は50%と分かっています。
  そうした既知の確率を、一般論ではなく、個別に言い渡されることになります。

  両親ともがんであったら、というご質問ですが、2人に1人ががんになる時代です。
  両親ともが、がんである確率は、1/2 X 1/2=1/4で、25%となります。

  4人に1人は、両親ともがんであるはずですから、決して珍しいことではありません。
  私が重視するのは、何歳でがんになったのか、年齢です。

  歳を取ってからのがんは、老化現象と解釈できるでしょうが、若くして発症するがんは、遺伝子異常の関与が強くなります。
 
  一般に50歳以下でがんになった人は、遺伝子の影響が強いといえるでしょう。
  もし両親とも50歳以下でがんになったのなら、影響があるのかもしれません。

  遺伝し易いがんといえば、まずは大腸がんです。
  家族性大腸ポリポーシスや、遺伝性の大腸がんが知られています。

  乳がんも遺伝性のものがありますが、比較的少数(5~10%程度)です。
  それ以外のがんは遺伝性というより、後天的な要因が圧倒的に大きいです。

  アンジェリーナ・ジョリーさんが2年前の乳房切除につづき、卵巣・卵管まで切除した件については、個人的には遺伝子検査を受けたのならば、そうした選択は、ありだと思います。

  BRCA1/2という日本人が発見した遺伝子は、それが陽性ならば乳がんリスクが10倍以上になることが分っていますから、アンジェリーナ・ジョリーさんのような選択があり得ます。

  これは、決して珍しいことではなく、家族性大腸ポリポージスという病気もほぼ100%大腸がんを発症することが分っているので若くても予防的に大腸を全摘することが一般的です。

  BRCA1/2陽性は、卵巣がんにもなり易いことが分っているので卵巣切除も妥当ではないか。
  ただ妥当と思うか、過剰と思うのかは、最終的にはその人の価値観であると思います。

  大切なことは、もし遺伝子検査を受けるのであれば、こうした"あとのこと"までしっかり考えてから受けるべきだということ。

  そうでないと、確率90%と言われた瞬間から、パニックになったり眠れなくなる人がいる。
  そうしたストレスのほうが、がんの発生には良くないような気がします。

  科学の進歩で、いろんな予測ができる時代になりました。
  しかし一方では、無用な不安や、過剰な検査や治療が行われる懸念も大いにあります。

  遺伝子検査は、遺伝子カウンセラーのカンセリングが受けられる環境下で行われるべきで、もしそうで無いなら、むやみやたらに、あるいは思いつきで受けるべきではないでしょう。

  遺伝子検査とは、あくまで確率の予測に過ぎません。
  つまりどこまで検査しても、リスクのという数字です。

  検査を受けるか受けないか、そして受けた後はどう対処すべきか。
  新たな課題に向き合わないといけない、ある意味大変な時代になったと思います。

参考)

あなたは「乳がんハイリスク」? チェック

□ 40歳未満で乳がんを発症した血縁者がいる

□ 年齢を問わず、卵巣がんになった血縁者がいる

□ 年齢を問わず、血縁者に原発乳がんを2個以上発症した人がいる

□ 血縁者に男性乳がんになった人がいる

□ 乳がんになった血縁者が自分を含め3人以上いる

□ BRCAという遺伝性乳がんの遺伝子変異が確認された血縁者がいる

□ 抗がん薬、分子標的薬、ホルモン療法薬のいずれもの治療が難しい(トリプルネガティブ)といわれた乳がんの血縁者がいる

 上のリストで一つでも該当する人は、家族性・遺伝性乳がんの可能性が。一度乳腺の専門家に相談するといい。