《1840》 なぜ町医者ががん小説を書いたのか [未分類]

今日から新しいシリーズで、なぜ「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)
という『がん小説』を書いたのかについて、お話を始めます。

今、俳優の今井雅之氏の報道で、抗がん剤治療への関心が高まっています。
今井氏はあんなに痩せても抗がん剤治療を続け、復帰を目指されています。

「もし自分だったらどうするか?」と重ねて観た人も多いでしょう。
実は私もほぼ同年代ですから、自分自身に重ねて報道を観ていました。

今井さんは、いつから自覚症状があったのでしょうか?
自覚症状を感じてから、どれくらいしてから病院を受診されたのか?
そしてその時まで、どんなつもりで過ごしておられたのでしょうか?

拙著「抗がん剤 10のやめどき」を見ながら、
こうしたことを一緒に考えていきましょう。

今日のポイント

  • 町医者はがん医療を俯瞰して見られる立場にある
  • 抗がん剤は、やめどきが大切
  • やめどきを自己決定し、医者と相談する
  • やめどきは、生き方によって違い、絶対的な基準はない
  • 「がん小説」という形で、“物語”の中でのやめどきを一緒に考えたい。

 

~町医者が見た あるがん患者の物語~

まずは、なぜ、専門医でもない町医者の私が、抗がん剤のことを一冊にまとめようと思ったのかをお伝えしたいと思う。

どうせ「大病院には行くな」とか、「抗がん剤は毒だからやめろ」とか長尾が叫んでいるのだろう、と思っている方もいるかもしれないが、まずは、本書は医療否定本ではないということを先に断っておく

私は、あくまで町医者だ。私が院長を務める尼崎の「長尾クリニック」で、そして日々の在宅医療で、患者さんに寄り添っている。

がん専門医ではない。もともとの私の専門は消化器内科だったが、今ではがん患者も、インフルエンザ患者も、メタボも高血圧患者も診る。精神疾患もたくさん診ている。それが町医者というものだ。

「木を見て森を見ず」という諺がある。あるいは「鹿を追う者は山を見ず」という諺のほうがふさわしいだろうか。専門医が木を見て、鹿を追うのが仕事だとすれば、私の使命は森を見て、山を見ることなのである。

毎日森と、山を見続けている。だからこそ気づくことがある。

がん患者さんとご縁があって治療にかかわった場合は、最初にがんを発見するのも私であり、闘い続けている患者さんをサポートし、闘いに疲れ果てた患者さんを在宅医療に切り替え、少しでも苦痛の少ない穏やかな日々が過ごせるように最期までお付き合いするのも私の仕事である。

がん患者さんの半生を川の流れに喩(たと)えるなら、山の湧水から大河へと流れるところ、そして海へ続くところまでを見守るのも私の使命だ。たくさんの川を見た。その川ごとに風景が違う、流れ方が違う。

穏やかな川もあれば濁流(だくりゅう)のような川もあるが、どの川も同じなのは、海へと向かっているということだろう。

だが、がんで死ぬというのは正しいようで正しくない。人は生きているから死ぬ。誰もが最期は海というあの世へ流れて終わる。少しでも静かに穏やかに海へと流れることが本来の人間の死ではないだろうか、そしてそれは可能である。

抗がん剤や胃ろうの「やめどき」さえ間違えなければ……と問うたのが、2012年に私が出版した『胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか? 「平穏死」10の条件』という本である。

がんという病は、抗がん剤との付き合い方、やめどきをうまく見極めれば一番穏やかに苦しまずにあの世に旅立てる可能性を秘めている病でもあると言える。

そして今回は、抗がん剤との付き合い方、やめどきに焦点を絞ってまとめてみた。

ごまんと書店に並ぶ専門医の本ならば、そもそもがんとは何か? という説明からページを始めることだろう。もしくは、抗がん剤とは何か? からだろうか。

ならば町医者の私はどこから書き始めるべきだろうか。

がんでもなく、抗がん剤のことでもなく、抗がん剤治療と向き合うがん患者さんについてだ。人はどのようにしてがん患者となり、どのような経緯で治療を選択し、がんと向き合っていくのだろうか? 

これは専門医には到底書けないだろうと思う。威張って言っているわけではない。同じ医者でもそれぞれの役割がある。ディープな専門知識を一般読者に伝えるのももちろん大切な仕事だ。

だけど本当に皆さんが知りたいのは、抗がん剤の成分とか、がん細胞の増殖システムの話ではなくて、結局どのように人はがんと対峙し、そこにどんなドラマが待ち受け、どのようにして最期を迎えているのか、ではないだろうか。

そこで、第一章は物語仕立てとし、とても典型的ながん患者さんと私のやりとりを描写することにする。自分か、もしくは自分のご家族に置き換えて読んでいただきたい。否、典型的と書くのは失礼だろう。

私にとっては日常の仕事の光景であるが、がん患者さんご本人にとっては、毎日が初体験の連続であり、人生の選択の日々。がんと宣告された日から、その人の人生が一変してしまうのだから。

たとえ何百人もの患者さんを同時に受け持っていたとて、そのお一人お一人の人生に心を込めて向き合うこともまた、私の責務である。

仮に、鈴木信夫さん、58歳、会社員としてみよう。

本書はもちろん一般向け医療実用書であるが、あえて物語的に綴ることでより読者に届くことがあるはずだと考えた。医療実用書であるが、生き方の本としても読んでいただけたら嬉しく思う。

この章には、がんを生きるご本人、それを支えるご家族がどのように時間を過ごし、どう生活し、どうがんと向き合うべきかのヒントがいくつも入っているだろう。

患者さんの人生は、紋切型の医療否定本だけで結論を出すのにはあまりにももったいなさすぎる、それぞれが一つの大きな大きな物語なのだから


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 読みやすくするための改行など、アピタル編集部で一部手を加えています