《1876》 2週間後の「成田離婚」もあり 【やめどき2】 [未分類]

学生時代のクラブ活動で、入部2週間程度で退部する人がいました。
あるいは社会に出て会社でも、入社2週間程度で退職する人もいます。

私は決断力がない人間なので、そうした決断をする人を羨ましく思っていました。
嫌なことでもつい我慢してやり続けてしまうのが、多くの人達かもしれません。

抗がん剤治療も、開始2週間目あたりでやめる人がおられました。
それはそれでいいかと思います。

2週間目というと、骨髄抑制が始まり白血球や血小板が低値になります。
また、全身倦怠感などの辛さも味わったという時期でもあります。

成田離婚っていう言葉は現在でもあるのでしょうか。
他人から見たら、どうして? という疑問があるでしょう。

しかし当人にとっては、大きな決心であり
そうした結論はできるだけ尊重したいと思います。

抗がん剤のやめどき その2 ―― 治療を開始して2週間後

抗がん剤の効果や副作用の評価が出るまで、一定の時間がかかる。抗がん剤治療の場合、最初のターニングポイントは、2週間目にあると思う。

私自身、多くの効がん剤を投与していた時期がある。勤務医時代、常に数人の白血病患者さんの主治医をしていた。白血病患者さんには、ほぼ毎日のように複数の抗がん剤を組み合わせて投与した。もちろん白血病の種類、患者さんのタイプによって、それぞれ異なった組み合わせと量を用いる。

どの抗がん剤にもそれぞれクセがある。共通するクセとしては全身倦怠感、食欲不振、吐き気、そして骨髄抑制だ。それらを副作用と呼ぶが、元来、抗がん剤は毒なので、当然といえば当然。全身倦怠感や食欲不振という自覚症状や検査値の変化は、抗がん剤の副作用どころか、主作用といったほうがいいかもしれない

抗がん剤の多くは、血液を造る工場でもある骨髄にも悪い作用を及ぼす。赤血球や白血球や血小板を造る場所にも毒として作用するためだ。毒が回るにも多少の時間がかかる。工場で造られた製品が市場に出回る時期、すなわち手足の血管から採血をして、赤血球や白血球や血小板の数が最も減る時期が、ちょうど2週間目なのだ。

現在では、白血球を増やす「G-CSF」という即効性のある特効薬があり、簡単に副作用をカバーすることができる。また赤血球や血小板の数が減れば、輸血という方法でカバーすることもできる。さらに、吐き気についても強力で確実な効果を持つ吐き気止めが続々と開発されて、普通に使える。

抗がん剤自体も目覚ましい進化を遂げているが、副作用対策も、一昔前と比較して格段に進歩している。しかし、全身倦怠感や食欲不振といった数字に出ない副作用を根本的に解決する方法は無い。血液所見は人工的に改善できても、自覚症状の改善は容易ではない。患者さんによっては、その自覚症状こそがもっとも大切だというのに。

2週間目は、そうした自覚症状も検査所見などの他覚所見も、とりあえずの“底”が訪れる時期である。もちろん個人差はある。案外なんともない、という人もいる。検査値もたいして変動しない人もいる。しかし反対に、怠くて怠くてしょうがない、という人もいる。動物的な勘で、「これは自分には合わない」と感じる人もいる。年齢や体質により大きく異なるのだ。

経験の少ない医師においては、こうした患者さんの訴えに「この抗がん剤はそれほど大きな副作用はないはずなので、気分の問題なのでは」と答えてしまうこともある。しかしそれは違う。抗がん剤の効果もそれぞれなら、副作用もそれぞれなのだ。TS-1という比較的軽いとされる経口抗がん剤にしても、感受性は実にさまざまだ。

“成田離婚”は愚かな行為ではない。

2週間目に「抗がん剤をやめる」という決断をする人が私の経験でも何人かおられた。それは、以上の理屈から考えても十分理解できる行動だ。副作用が激しくなくとも、なんとなく自分には合わない、あるいは、とりあえずやり始めたが、やっぱりやめたくなった、と思う時期でもある。

成田離婚という言葉がある。新婚旅行から帰って来た足での離婚だ。他人は、子どもっぽくて浅はかな行為であると後ろ指さして嗤うかもしれないが、当人たちにとっては最も賢明な選択である場合がある。株や投資でも、「損切り」という言葉があるが、それが上手くできる人が長期的勝負には、負けにくいとも言われている。

がんとの付き合いにおいても同じことが言えるであろう。

というわけで、抗がん剤治療においても成田離婚は全然オッケーだ。もちろん「やめどき その1」に書いたように、結婚式直前のドタキャンもあるだろう。しかし、いったん結婚してみたものの「こりゃヤバイ。コイツとは無理!」と感じて、成田離婚する人を誰が責められようか。

町医者の外来でも、このような“抗がん剤治療の成田離婚”の相談を受けることがままある。「仕方がない。どうしても無理そうなら、それでええんじゃないか」と答えることが多い。

抗がん剤治療は、言うまでもなくインフォームドコンセントの上に行われる。説明と同意という意味だ。同意とはつまり、自己決定にほかならない。医師の説明とは、患者の自己決定のための情報提供にほかならない。

鈴木信夫さんにおいても、抗がん剤治療開始2週間目に小さな壁にぶつかったが、自己決定でそれを乗り越え、抗がん剤治療を継続された。乗り越えるのも、乗り越えないのも鈴木さんの自由。現実には2週間目という通過点を知らないまま、考えないまま乗り越える人が多いだろう。気がつかずに通り過ぎる人が多い。それはそれでいい。

抗がん剤治療のファーストラインをフルマラソンとするならば、2週間目とは、5キロメートルの通過点にあたる。折り返し地点のようにコーンが置いてあるわけでもないが、計算上は、自分がどのくらいこのレースにおいて頑張れそうか、一つの目安となるだろう。ここで不調を感じて棄権するのは、その後に大きな傷を残さないためでもある。

棄権には多少の勇気も必要だろう。しかし人生にはそのような選択肢もあっていい。誰にも気兼ねは必要ないのだ。

というわけで、「抗がん剤のやめどき、その2」は、治療開始から2週間後と考えておいてほしい。


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています