《1881》 うつ状態が疑われるとき 【やめどき7】 [未分類]

キューブラーロスという先人は、がんを宣告された人が辿る
心理状態を5段階に分けて提唱しました。

その4番目に「抑うつ」という言葉がありますが、がんで
闘病中の方は慢性的に抑うつ状態にあるものだと思います。

命の危険と隣あわせになれば、誰だって凹むでしょう。
私は気が弱いので、うつを克服できる自信がありません。

そんな状態で、抗がん剤治療を続けたらどうなるのか?
結果は、わざわざ言わなくてもおわかりでしょう。

在宅現場にいると、うつ状態の人が病院から帰ってこられます。
うつろな目で食事もほとんど摂れませんが、抗がん剤は続いています。

もう食べられない、歩けない、うつ状態にある、という人にでも、
鎖骨下から高カロリー輸液をしながら抗がん剤をやっているのが私の現実です。

可哀そうです。

しかし、病院の主治医から

  • 高カロリー輸液をしないと体力が低下する
  • 抗がん剤をやめると、がんが進行する

と説明されているので、必死で抗がん剤治療を続けようとします。

本人と家族のマインドコントロールを解くために、1~2時間必要です。
上記の2つをやめる(休む)だけで、うつはかなり改善します。

もちろん、自宅効果もあります。

21年前の私は、そうした判断もできないとても未熟な勤務医でした。
「家に帰りたい」という希望を聞いた数時間後、その患者さんは自殺されました。

こうしてしつこく書いている理由には、その患者さんへのお詫びがあります。
本当に申し訳ないことをしたという想いが、21年経っても残っています。

決して極端な例を書いているわけではありません。
医療を壊したいわけでもありません。

私はただ現実を書いているだけで、その現実がおかしいと思うので
医療側も少しは変わらないといけない、と申し上げているだけです。

抗がん剤のやめどき その7 ――うつ状態が疑われるとき

自分ががんという病気に侵されていると知った時に落ち込まない人間など、この世にいないだろう。普段、「俺はいつ死んでもいい」なんていきがっている人に限って、本当にがんに侵された時、落ち込むものだ。

昔は、がんを嘆いて自殺した人が多かったので、がんだけに「告知」という言葉が使われている。がんという病気と、うつ状態は常に隣り合わせである。キューブラーロスは、その著書『死ぬ瞬間』(中公文庫)の中で、がんを告知された患者の心理状態を5段階に分けて提唱した。医学を志した人間なら、必ずやこれを学んでいる。

がんを宣告された時、人間は、否認 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容、という過程を経るという。一応、といったのは、これはあくまでひとつの代表的なコースであり、現実には当てはまらないことも多いからだ。

先日、ある研究会でホスピスの看護師さんの発表を聞いていて驚いた。その発表とは「最期までがんの受容ができなかった一症例」というふうな演題だった。この演題を見ただけで、失礼ながら笑ってしまった。

その看護師さんは、がん患者は最後にはがんであることを受容できる、いや受容しなければいけないと大真面目に信じているようだった。司会者もそういう前提で議論していた。こんな演題をヘンと思わないホスピス医にも強い疑問を感じた。あなた方のような医療者が日本のがん終末期医療を歪めているのですよ、と叫びたい衝動にさえ駆られた。

多くの医療者は、キューブラーロスの死の5段階説を盲目的に信じているようにみえる。しかしそんな単純なわけがない。

怒りや取引は分かる。また最後には受容したかのように穏やかになる人もいる。しかし、誰もがそう順調に気持ちの変化を経験するわけではない。現実には、怒り、取引、受容などが混在していると思う。病期によって、あるいはその日の体調によって、5段階の割合が揺れ動くのが真実であろう。

がん患者さんは、慢性的なうつ状態にある。その上に、抗がん剤治療をはじめとする様々な医療を受けるのでクタクタになる。治療だけではない。CTやMRIや骨シンチなどの様々な検査も受けなくてはならない。複数の科の受診を余儀なくされることも多く、大病院での診察や外来抗がん剤治療は、まさに一日仕事になる。

がんで落ち込んでいるところに、がん医療でさらに落ち込む。真面目にがん医療を受けていたら、これで落ち込まない方が異常かもしれない。

トータルペイン……痛みには四つあることを知っておく

がん患者さんの多くは、うつ状態に置かれながら必死でがんと闘おうとする。

笑い療法というものをご存知だろうか。笑う事で末梢血中のNK細胞活性が増加することが広く知られている。笑うヨガ、などというのも昨今流行しているらしい。

私はそれは真実であると思う。サイコオンコロジー(精神腫瘍学)という学問体系にも裏打ちされている。うつは免疫能を低下させ、がん療養においては間違いなく不利である。うつを軽減させる工夫がとても大切だと思う。

また、「トータルペイン」という言葉も是非知っておいてほしい。身体的痛み、精神的痛み、社会的痛み、そして魂の痛みの総称である。身体的痛みは、誰でも分かるだろうが、そのあとの三つの痛みは、医療者でもよくわからないところが多い。私自身は、後の三つの痛みの先に、うつ状態が待っていると考える。

さらに現実には、麻薬等による身体的痛みのコントロールが不充分なために、うつが悪くなっている場合が散見される。麻薬を中心とした緩和医療をしっかり行うことで、うつ状態が改善した人を多く経験した。さらに、自宅に帰っただけでうつが改善することもよく経験する。これは多くの在宅医も同意見であるが意外に知られていない。“自宅というモルヒネ効果”とも言えよう。

さて、鈴木さんの場合、愛する家族や音楽に恵まれ、そして小旅行がうつ状態を相当緩和させていたように思えた。おひとりさまが標準となりつつある現代日本においては、鈴木さんは幸せなケースともいえよう。

しかしもし、本格的なうつ状態、すなわちうつ病とも言える状態に陥れば、まず抗がん剤治療を考慮すべきだろう。抗うつ薬の処方や精神科受診を勧めるがん専門医が多いようだが、私は本末転倒であると思う。精神面を含めた緩和ケアが優先されるべきであろう。
そうした基本的なことが忘れ去られたまま、抗がん剤治療が行われている場合が時々ある。

がん医療において、うつの評価や対策は最重要だ。もし気さくなかかりつけ医や、優しい訪問看護師がいれば、がん患者さんのうつはかなり軽減されよう。あまり意識されていないが、うつという視点を、抗がん剤治療を行う上で忘れてはならないと自戒している。

というわけで、抗がん剤のやめどき・その7は「うつ状態が疑われるとき」とする。


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています