《1882》 1回休んだら楽になったとき 【やめどき8】 [未分類]

日本人は、気まじめな民族です。
新幹線も飛行機も時間どおり動きます。

メールや電話もその日のうちに返すのが常識。
ラインに返答しないと既読無視で、イジメに。

医療も同じで、“待つ”ことができません。
少しの変化に敏感に反応することが良い医療。

抗がん剤治療も、メニューどおりに進みます。
患者が多少苦しがっても、メニューのほうが優先する。

しかし抗がん剤治療では、待ってもいい、と思います。
あるいは、休んでもいい、と。

その間に考えることができます。
休養したり考える時間が貴重なのに、誰もそれを言いません。

迷ったら抗がん剤治療を1回休んでください。
それでやめてもいいし、また再開してもいい。

私はそう思います。

偉そうに書きながら、私は真面目で小心者なので休んだり、
サボることができず、ここまで来てしまいました。

このコラムもそうです。

そろそろ、1回休みをしようかな、なんて思いながら、
今日まで来てしまいましたが、休むことは難しいです。

抗がん剤のやめどき その8 ―― 1回治療を休んだら楽になったとき

日本人は世界中でもっとも几帳面な国民だ。新幹線は秒単位で動いているし、飛行機は最近は予定より早く出て早く着くことが稀ではない。そんな国民性の中で、抗がん剤治療もきわめて正確な時刻表にのって行われている、と私は半ば呆れながら眺めている。

列車や飛行機が時間に正確に運行されることは、社会にとって大きな利益がある。それは反対に大幅に遅れた時を想像してみれば、明白だ。

一方、抗がん剤治療を時間的に正確に行うことで得られる利益は一体どれくらいあるのだろうか。

抗がん剤治療の中には“時間差攻撃”という概念がある。細胞周期というものがある。人間が、朝に起きて夜に寝るように、がん細胞の増殖にも、1日のサイクルがある。そのサイクルを意識した抗がん剤の投与が昔から普通に行われている。

抗がん剤の時間差攻撃の歴史は、ゆうに20年を超している。大腸がんや胃がんの抗がん剤治療において、私が勤務医だった20年以上前から盛んに言われて実践されてきた。

TS-1にせよシスプラチンにせよ、周期的に投与される。もちろんそれらは一定の理論に基づいている。その周期を外せば、当然、効果は落ちる。

多くの医師も患者さんも、その周期を守ることにもっとも気を取られている場合がある。その結果、深刻なうつ状態に陥っていることが見逃されている場合がたまにある。まさに、木を見て森を見ず。気がついたら、人間が抗がん剤に振り回されている状態を見ることがある。

待つことが困難な時代を生きている

いくら時間や周期が大切だといっても、それに振り回されては本末転倒だ。生活あっての抗がん剤治療であると考える。時には、「待つ」という言葉を思い出してほしい。また時には「休む」あるいは「休んでもいい」という知識で命が救われることも忘れてはいけない。

抗がん剤治療は、確率の世界の治療であると言えよう。そう割り切って、体調が悪い時や気分がすぐれない時は、休むという勇気も必要だと思う。長いスパンで考えると、その方が生命にとっては助かる。

待ったり、休んだりすることが、知らず知らずのうちに簡単ではなくなっている時代に我々は生きているが、私は抗がん剤治療の時間的周期にもっとおおらかでもいいのでは、と常々思っている。疲れたら1回休んでもいいじゃないか。それくらいの気持ちでやった方が結果がいいと思う。待つことや休むことを恐れてはいけない。

ノロウイルスなどによる感染性胃腸炎の治療は、2食抜くことである。その間、水分をチビチビとっていると自然に治る。人間には、自然治癒力が備わっているのでそれを待つだけでいい。胃腸を1日休ませるだけで、勝手に復活する。

しかし多くの人は、2食抜くことすらできない。無知からもしれないが、休むという単純な方法を知らない。食べられない状態なのに無理して食べるので、嘔吐や下痢がおさまらず、回復まで時間がかかることとなる。これも、現代人が待つことを忘れている一例である。

急がば回れということわざではないが、その程度の余裕を持って治療を受けた方がいい。笑顔も出るし延命効果も期待できるだろう。1回休むだけで体調と気力が回復することがある。しかし、もし回復しなければ、そのまま止めてもいいのではないか。

というわけで、抗がん剤のやめどき・その8は「スケジュールを無視して、抗がん剤治療を一回休んだら楽になったとき」だ。医師の指示通りでなくてもいい。それですぐに悪化することなど、ありえないのだから。


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています