《1900》 戦争は麻薬中毒者を大量発生させる [未分類]

歴史の授業で「アヘン戦争」を習いました。

戦争がアヘンの悪名を国際的に高めました。

アヘンには、10%程度のモルヒネが含まれています。

イギリスが紅茶輸入の貿易赤字を解消するために、中国(清)に対して行った
インド産アヘンの輸出政策が逆に清国側の大幅赤字となり、清国政府の
「アヘン禁輸」がイギリスとの戦争を誘発したという歴史がありました。

その結果、清国は大敗しイギリスをはじめ西洋列国の中国進出が加速しました。
その後中国は急速に国力が衰え、アヘン輸入の合法化にも同意させられました。

中国におけるアヘン禍は20世紀になってもやむことはなく、中国がアヘン中毒を追放できたのは中華人民共和国が成立した1949年以降のことでした。

一方、欧米においてもアヘン中毒が蔓延しました。
クリミア戦争(1853~56年)、普仏戦争(1870~71年)、そして
アメリカの南北戦争(1861~65年)では負傷兵にアヘンが使われました。

アメリカの南北戦争では、40万人もの兵士がアヘン中毒に陥ったとも言われているそうです。
多くの兵士に無秩序にアヘンやモルヒネが使われた結果、そうなりました。

南北戦争後には帰還兵向けにモルヒネが通信販売され、多数の帰還兵がモルヒネ
中毒に陥り、「兵隊病」という名前で呼ばれるほどでした。

当時は、まだアスピリンがなく、アヘンやモルヒネしかなかった時代です。
アスピリンが発売されたのは、1899年のことです。

第1次および第2次世界大戦でも、負傷兵にモルヒネが使われました。
同時にヘロインも使われ、一時はモルヒネ中毒者の治療薬にもなりました。

近年ではベトナム戦争に従軍した兵士の多くがヘロイン中毒になりました。
戦争時のモルヒネ使用は現在とはまったく違う方法で「乱用」されました。

1912年には「ハーグアヘン条約」が締結され、アヘンやモルヒネ、ヘロイン、
コカイン、大麻などが統制の対象になりました。

そして1961年には、特定の薬物について医療や研究などの目的について許可
された場合以外の生産と供給を禁止する国際条約「麻薬単一条約」が成立しました。

日本においても現在この「麻薬単一条約」に基づいて医療用麻薬が供給されて
不法薬物の密輸や不正取引の取り締まりが行われています。

先日のトヨタの女性役員の件も、こうした事情が背景にあったものと推測します。
いずれにせよ歴史を学び麻薬を正しく理解することが誤解を解くものと思います。

(参考文献) あなたの痛みはとれる(日本尊厳死協会編)