《1906》 「モルヒネで安楽死させて!」 [未分類]

先日、70歳代の末期肺がんの女性の家を訪問しました。
在宅緩和ケアを受けて、すでに2カ月以上経過しています。

呼吸苦に対して、モルヒネによる緩和ケアを1カ月前からしています。
胸水も大量に貯まっていて、抜くか抜かないかでかなり議論をしました。

その結果、抜かずに利尿剤で様子をみることになり1カ月が経過しました。
そして胸水の量は、自然な脱水と相まって少しずつ減ってきたようでした。

ただ、食事が徐々に減り、眠っている時間が増えてきました。
時々起きては、身の置き所がないのか姿勢を頻繁に変えるようになりました。

こうなると、残された時間は数日であることを経験的に知っています。
週に1回だった私の訪問が、2~3日に1回と頻度が増えます。

看護師はずっと毎日訪問ですが、そうなると1日に2~3回訪問することも。
1回に2~3人で行くこともあるので、1日最大で9人行くこともあります。

死の1日前に身もだえることを、私は「死の壁」として書籍等に書いています。
その「死の壁」をどう乗り越えるのかが、在宅看取りの鍵であると。

おそらく「死の壁」なんて言葉は世間にないので、私が勝手に使っている言葉。
しかしこの死の壁に瀕した人が、ときに発する言葉があります。

「モルヒネで安楽死させて!」

これまでに、何度か言われた言葉です。
私は、黙って頷きます。

もちろん安楽死は日本では犯罪ですし、私は反対の立場の人間です。
すでに使っているモルヒネに、座薬を追加することが私の答えです。

モルヒネの持続皮下注射を使う在宅医が多いようですが、私は一度も
使ったことがないので、在宅ホスピス医としては低級なのかもしれません。

また病院でも在宅でも鎮静剤を使う医師もいます。
私は睡眠薬を口から飲むか、口腔粘膜から吸収させます。

せっかくある意識を、わざわざ麻酔薬で落とすことに私は抵抗があります。
「平穏死」の世界では死の直前、少なくとも数時間前まで意識があることが多い。

しかし、何人かの患者さんは同じことを言いました。
「モルヒネで安楽死させて!」

もし私も、そうなれば同じことを言うかもしれない。
私の緩和ケア技術が下手なこともあるのでしょうが。

日本の緩和医療の世界では、モルヒネ注射で命が縮まることはない、です。
それは平時だけでなく、終末期の終わり、死の直前でも同じ考え方です。

一方欧米では、死の直前にモルヒネを大量に注射して、たとえ死が早まっても構わない、
という割り切った考え方があるので、日本とは明らかに状況が異なります。

繰り返しますが、平時に適正量のモルヒネで命が縮まることはあり得ません。
痛みが取れれば笑顔が出て、逆に命を延ばすのがモルヒネというお薬です。

しかし俳優の故・今井雅之さんも言いました。
「モルヒネで安楽死させて!」

みなさまの頭には、こうしたイメージが残るでしょう。
だからモルヒネへの偏見は無くならないのかなあ、と思います。

患者さんや市民にモルヒネは決して怖い薬ではない、死を早める薬でもない、
貴方の敵ではない、強い味方ですよ! と知ってもらうことは大変な作業です。

モルヒネは最期の薬ではなく、優れた痛み止めですよ。
がん以外の痛みにも使うし、飲みながら働いている人もいくらでもいますよ。

たったこれだけのことを伝えるだけでも、人の役にたつ大きな仕事です。
だからそんな啓発を長年続けてこられた加藤佳子先生の功績は凄いと思います。

さて、冒頭の女性は、モルヒネ座薬10mgを頓服として入れました。
それ以降、ウトウトした状態が1日続き、静かに息を引き取りました。

ちなみに、これは安楽死ではありません。
平穏死、尊厳死、自然死であることを知っておいてください。

肺がんの在宅看取りですが、酸素も点滴の管も1本もない最期です。
痰や咳も無く、吸引器も不要。

ちなみに直近3年間に経験した肺がんの在宅看取り23例の検討は、
昨年京都で開催された日本肺癌学会において講演させていただきました。