《1959》 本人より先に子供に聞く、がんの説明 [未分類]

「1ケ月前から咳が出て食欲がない」と問診票に書かれた80歳台後半の
女性が優しそうな夫に付き添われて、初診で診察室に入ってこられました。

タバコも吸わないし、肺結核かな?それとも間質性肺炎かな?
いろいろ想像しながらレントゲンを撮ると、両肺に多数の1cm位の影があった。

CTを撮ると、やはり多数の転移性肺腫瘍でした。
ついでに映った肝臓にも多数の大小不同の影がありました。

たった5分間で、肺と肝臓に多数の転移が発見され、それが食欲不振の原因かと、
思われましたが、おそらく原発巣は胃がんか大腸がんあたりなのでしょうか。

膵臓は胸のCTのついでに必ず写ってくるので、膵臓がんではなさそう。
とりあえず、CEAという腫瘍マーカーをオーダーしました。

残念ながら、どこかのがんの末期に近い状態かと思われました。
咳が出るのも、食欲がないのもそのためです。

さて問題はこれからです。

以状の事実を、本人や夫にどう説明するのか。
夫は穏やかで優しそうな人ですが、少し認知症があるようです。

2人にそのままを説明したら、後で子供たちにつるしあげられることがあります。
ここは、夫に小声で、「今夜息子さんに来るように言ってください」と伝えました。

夜の診察の最後に息子さん夫婦が来られたので、事実を淡々と説明しました。

  • これ以上の検査(胃や大腸など)をするのかしないのか
  • するとなれば当院でするのか、病院に入院してするのか

さらに、今後の見通しとして、もしどこかのがんの末期に近い状態であるならば

  • 治療をするとすれば、抗がん剤しかないだろう
  • しかし原発巣が分らないと、どの抗がん剤がいいかも分からないこと
  • 平均寿命を過ぎた年齢であることや体力から見て、抗がん剤はお勧めではないこと

なども説明しました。

さらに

  • こうした情報を本人やお父さんにどうやって伝えるのか
  • 説明に「がん」という単語を用いてもいいのか
  • とりあえず、現在の状態をなんと説明しておけばいいのか

などについての希望も聞きました。

もし子供がいない夫婦だけであれば、ご夫婦に直接上手に話す自信はあります。
しかし子供がいる場合は、すべての医療行為は子供たちの承諾も要るのです。

もし子供を抜かして直接本人に説明すると、あとで子供さんが
怒鳴りこんでくることがあります。

「親には、がんという病名を最期まで伏せておきたい」

そんなことを言う子供世代はまだまだ多くいます。
どちらかというと高学歴の子供に多いような印象です。

ちなみに子供さんと言っても、私と同世代か少し年上です。
60前後の方に、80歳後半の親御さんの説明をすることが実に多い。

いずれにせよ、子供さんへの説明だけでも30分はかかります。
しかし私の場合は保険診療なので窓口負担は100円程度です。

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)