「1ケ月前から咳が出て食欲がない」と問診票に書かれた80歳台後半の
女性が優しそうな夫に付き添われて、初診で診察室に入ってこられました。
タバコも吸わないし、肺結核かな?それとも間質性肺炎かな?
いろいろ想像しながらレントゲンを撮ると、両肺に多数の1cm位の影があった。
CTを撮ると、やはり多数の転移性肺腫瘍でした。
ついでに映った肝臓にも多数の大小不同の影がありました。
たった5分間で、肺と肝臓に多数の転移が発見され、それが食欲不振の原因かと、
思われましたが、おそらく原発巣は胃がんか大腸がんあたりなのでしょうか。
膵臓は胸のCTのついでに必ず写ってくるので、膵臓がんではなさそう。
とりあえず、CEAという腫瘍マーカーをオーダーしました。
残念ながら、どこかのがんの末期に近い状態かと思われました。
咳が出るのも、食欲がないのもそのためです。
さて問題はこれからです。
以状の事実を、本人や夫にどう説明するのか。
夫は穏やかで優しそうな人ですが、少し認知症があるようです。
2人にそのままを説明したら、後で子供たちにつるしあげられることがあります。
ここは、夫に小声で、「今夜息子さんに来るように言ってください」と伝えました。
夜の診察の最後に息子さん夫婦が来られたので、事実を淡々と説明しました。
- これ以上の検査(胃や大腸など)をするのかしないのか
- するとなれば当院でするのか、病院に入院してするのか
さらに、今後の見通しとして、もしどこかのがんの末期に近い状態であるならば
- 治療をするとすれば、抗がん剤しかないだろう
- しかし原発巣が分らないと、どの抗がん剤がいいかも分からないこと
- 平均寿命を過ぎた年齢であることや体力から見て、抗がん剤はお勧めではないこと
なども説明しました。
さらに
- こうした情報を本人やお父さんにどうやって伝えるのか
- 説明に「がん」という単語を用いてもいいのか
- とりあえず、現在の状態をなんと説明しておけばいいのか
などについての希望も聞きました。
もし子供がいない夫婦だけであれば、ご夫婦に直接上手に話す自信はあります。
しかし子供がいる場合は、すべての医療行為は子供たちの承諾も要るのです。
もし子供を抜かして直接本人に説明すると、あとで子供さんが
怒鳴りこんでくることがあります。
「親には、がんという病名を最期まで伏せておきたい」
そんなことを言う子供世代はまだまだ多くいます。
どちらかというと高学歴の子供に多いような印象です。
ちなみに子供さんと言っても、私と同世代か少し年上です。
60前後の方に、80歳後半の親御さんの説明をすることが実に多い。
いずれにせよ、子供さんへの説明だけでも30分はかかります。
しかし私の場合は保険診療なので窓口負担は100円程度です。
参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)