《1960》 がんを放置すると痛みが少ない? [未分類]

肺と肝臓に多発性転移を認めた80代後半の女性のCEAという
腫瘍マーカーを測ると、300を超えていました。(正常値は5以下)

やはり、胃がんか大腸がんが疑われます。
こうした場合、胃から先に検査を行います。

なぜなら、胃カメラのほうが大腸カメラより楽だからです。
息子さんに事情を説明し、胃カメラはやっておくことを勧めました。

鼻からの胃カメラは5分もかからないうちに終わり、異常無しでした。
次にやるべき検査は大腸カメラですが、これは80歳代後半にはきつい検査。

前処置といって前日に検査食と下剤を飲むのですが、結構面倒だししんどい。
私はこれまで何千人にやったことはありますが、自分はやったことがありません。

息子さんに、仮に大腸がんだった場合の説明をしました。
入院したらきっと抗がん剤を勧められるであろうことも。

これまで、抗がん剤治療でボロボロになった80歳代の大腸がんの方を
たくさん見てきました。

ある講演会で抗がん剤専門医に質問したら「90歳代でもやる」と聞いて驚いた。
もちろんある程度体力があった場合の話ですが、現実には在宅患者さんでもやる。

もし入院したらPET検査などで全身を検査することや、食べられないと
頚から点滴を入れて高カロリー輸液をされるだろうことも説明しました。

「先生、抗がん剤をしたとして、寿命はどれくらいでしょうか?」
「わかりません」
「では、抗がん剤をしなかったら寿命はどれくらい?」
「それも分かりません。
 でも、ひとつだけ言えるのは、病院の医師は必ずこう言うだろうこと。
 もし治療しなかったら、3カ月。
 でも治療すれば6カ月と、言うでしょうね。
 私は、それは嘘だと思います。
 抗がん剤をしたい医師の脅しですよ。
 近藤誠先生という人の本にもそう書かれていますよ」

息子さん夫婦はため息をついて沈黙しました。
少し考えてから、こう言われました。

「先生、近藤誠先生の本なら、もう読んでいます。
 だから、もし大腸がんの末期状態ならば、母親の抗がん剤治療は結構です」

「じゃあ、大腸カメラはどうします?
 大腸がんと決まったわけではないけど」

「もう、検査もいいですわ。先生。
 結果は同じでしょう?」

「まあ、何もしないのなら、同じと言えば同じ、
 いや、検査をしないだけ、苦労は少ないかもしれませんね。
 でも、最期までどこのがんか分からないでも本当にいいのですか?
 また、がんを放置しても、本当にいいのですね?」

「いいです。放置したほうが、痛みは少ないのですよね? 先生」

「いや痛み自体は抗がん剤をしても、しなくても変わらないと思います
 抗がん剤の苦しみとがんの苦しみを一緒にしているんじゃないかなあ」

「近藤誠先生が言われていることと違うじゃないですか!」

「私はそこは近藤先生と違うと思います。だから本も書いています。
 『長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?』という本です。
 読まれますか? ここに1冊あるので差しあげますが……」

「いや、いいです。
 仕事が忙しいので、本など読む余裕は無いので……」

「分かりました。でも息子さんからもお母さんの意思を確認してください。
 なによりも本人の意思を尊重することが、医療の原点ですからね」

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)