《1965》 86歳の前立腺がん、どこまでやるのか [未分類]

先日、86歳の前立腺がんの男性が、奥さまと遠方から相談に来られました。
幸い、ホルモン治療で、PSAの値がほぼゼロまで低下したとのこと。

ほー、それは良かったですね、と相槌を打つと怒られました。
「先生、それで主治医が気を良くして、根治を目指そうと言い出したのです」と。

外来で放射線治療もやろうという提案を受けたそうです。
しかし、それは1カ月の間、毎日の通院を要するそうです。

要支援2のその男性は「もう体力に自信が無いし……」と消極的なご様子。
奥さんも本人の意思を尊重して「放射線はしない」方向で話は終わりました。

しかしその1週間後、長男と名乗る人から私に電話が入りました。
「お前か、町医者の分際で親父のがん治療を邪魔しているのは!」と。

「別に邪魔しているわけではありません。
 ただ遠方からわざわざ相談に来られたので聞いただけで……」
「町医者のくせに、勝手なことを言うな!」
「はい、すみません。ただ、受診されたら規則上、断れないわけでして……」
「断ればいいじゃないか。
 がんを放置してもし親父が死んだら、責任取ってくれるのか?」
「いや、そんなつもりではないわけでして・・・」

結局、その方は、新たに種々の検査や放射線治療を受けることになりました。
しかし、たった1週間後には“脱落”して、また息子さんから電話が入りました。

「先生、偶然書店で先生が書かれた本を見かけて読んだら腑に落ちて……
 そんな先生とは知らずに、先日は失礼なことを申し上げました。
 もう放射線治療は諦めましたが、親父は最近めっきり体力が低下しまして。
 そろそろ、在宅医療とやらを受けたほうがいいですか?」
「いいですよ、在宅医療。お近くに評判のいい在宅医はいますか?
 でもひとつだけ条件がありますね」
「条件?」
「はい。息子さんが、親に何があっても絶対に文句を言わない、
 と一筆書いてくれたら、知り合いの在宅医を紹介してもいいですよ」

少し意地悪をしました。
本人の意思を尊重したくても、子供さんがそれを許さないのが日本の医療の日常。

だから、そうでもしなければ、友人の医者は身を護れないと思ったからです。

それにしても86歳の前立腺がん、どこまでやるのか。
しかし医学の教科書に、正解なんて書いてありません。

本人の意思を優先して、みんなで何度も話し合う以外に、方法はないのです。
完治や絶対的な答を期待するほうが、どうかしていると思います。

息子さんもその後、私の本を何冊か読んで勉強されたそうで、
本を書いていて良かったー、と思いました。

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)