《1967》 独居のがん患者さんと鍵 [未分類]

先日、当院に外来通院中の68歳の肝臓がんの患者さんの様子が
おかしい、とケアマネさんから連絡を頂き、急いで往診をしました。

しかし呼び鈴を何度押しても返答がありません。
鍵がかかっていてどうやっても中に入れません。

ケアマネさんの話では、前夜、電話がかかってきたそうです。
その時の話し方が、酔っ払いのような感じだったと。

きっとアンモニアが上がる肝性脳症ではないか、と思いました。
遠くの御兄弟に連絡をして、合鍵の到着を待つことにしました。

まだ朝刊が取られていなかったので、もしかして・・・
と心配しながら、到着した合鍵で家の中に入りました。

果たしてその人は、トイレの便座に座り、うなだれていました。
死んでいるのかな?と思いきや、ちゃんと生きていました。

こんな時は、サスペンスドラマのようにハラハラドキドキします。
すでに亡くなっていたら、警察と長時間を費やすことにもなります。

どうやら深夜に排便をしてそのまま気絶していたようです。
大声で呼びかけると目を覚まして、返事をしてくれました。

実はその方は、抗がん剤の治療中でした。
分子標的薬ですが、あまり効いていない印象でした。

以前に「先生、これ止めてもいいですか?」と聞かれた時には、
「病院の主治医とよく相談して決めて下さい」と言ったことを思い出した。

しかし机の上にその抗がん剤が置いてあったので、おそらく
昨日まで律儀に飲み続けていたのではないかと思われました。

抗がん剤を飲みながらトイレで絶命、
ではなくて、本当に良かったです!

おひとりさまの場合、一人で部屋で倒れて意識不明なことが時々あります。
そしてなかにはこの方のように、抗がん剤治療中である人もおられます。

抗がん剤治療自体は大家族でも独居でも、ほとんど変わらないはず。
しかし生活を診る私たちは独居か、家族がいるのかで全然違います。

独居であるならば、このような事態も普段から想定しておくべきです。
だから、外来通院中の人でも、合鍵を預かっている人も増えています。

いずれにせよ、病院の専門医は、がんだけを診ています。
一方、町医者はがんだけでなくその人の生活も診ようとします。

両方にかかっても、全然いいのですよ、
いつもそう宣伝しています。

もし抗がん剤を使うのであれば、その人の生活形態(ライフスタイル)も
よく知らなければ、「売らんかな」という荒波に呑まれてしまいそうです。

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)