《1970》 70歳代のがん放置療法 [未分類]

大洪水で被害にあわれた皆様に心からお見舞いを申し上げます。
昨夜の講演では、忘れかけていた〝防災意識〟の話をしました。

さて、介護施設に入所している70歳代の男性の話です。
要介護4のほぼ寝たきりに近い状態で2週間に1度、訪問診療しています。

介護スタッフから、食欲低下と体重減少の訴えを聞いたので、
血液検査の時にCEAという腫瘍マーカーも追加して測定しました。

その結果、CEAが70(通常は5以下)という数字が返ってきました。
普通に考えれば、大腸がんや胃がんなどの消化器系のがんが疑われます。

会ったこともない遠くの長男に電話で結果を伝え、今後の相談をしました。
本人とは簡単な会話はできますが、腫瘍マーカーの話は理解できない状態。

長男さんは、「もう歳なので、放っておいて下さい」と言われました。
たしかに、要介護4には、検査自体が大きな負担となるでしょう。

私は、「本当に何の検査をしなくてもいいのか?」念押しで聞きました。
すると「それでいいです!」と。

さらに私は「じゃあ、このまま衰弱した時に何の病気か分かりませんよ。
また亡くなって時に、死亡診断書には病名をなんて書きましょうか?」と。

長男さんは、1日迷われて、こう返事をされました。
「長尾先生、やっぱり父親には痛くない検査だけやって下さい」

なるほど、私にしたって大腸カメラはやりたくないし、かといって
診断がつかないままズルズルと衰弱すると、病名を知りたくなるもの。

ならばエコーやCTなどの、苦しくない検査をまずやってみようという
ことになり検査をするとCT画像上、大腸付近に5cm位の塊が見えました。

おそらく大腸がんなのでしょう。
内視鏡検査をしない限りは、正確な診断はつきません。

しかし長男さんは、「これ以上の検査も治療しないで放置を!」の一点張りでした。
近藤誠医師が書いた本を相当、読み込んでいたようでした。

結局、がんに対しては、長男の意思を尊重して何もしない方針になりました。
幸いなことに肺と肝臓には明白な転移巣は認めず、それから1年近く生きました。

70歳代と、まだ平均寿命に達していない人でもこんなことがあります。
この方はモルヒネも要せず、最期まで食べて枯れるように逝きました。

死亡診断書には、大腸がんと書きました。
亡くなる直前のCEAは、500でした。

治療したらもっと生きられたのに、という医者もいるかもしれません。
しかし、一度限りの人生に、「もし」を言っても切りがないでしょう。

私は長男さんの選択は間違っていなかった、と思います。
大切なことは本人・家族の後悔のない選択を支援することだと考えています。

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)