《1893》 MSコンチンが発売されるまで [未分類]

私が医師になったのは1984年。
新大阪にある救急・野戦病院での研修から始まりました。

大学病院に入れない末期のがん患者さんが、搬送されてきました。
吐血、貧血、腹水、そして痛みと闘う患者さんの受け持ちでした。

しかし当時、痛みの治療としてモルヒネはまだあまり使われていませんでした。
ブロンプトンカクテルというモルヒネにワインを加えた水を作ってもらいました。

あるいは、ペンタジンという非麻薬系の鎮痛剤くらいしかありませんでした。
この薬は、吐き気があり、がんの痛みをとるには不十分だと感じていました。

2年間の研修が終わった1986年に、世界保健機関(WHO)から
「がんの痛みからの解放―WHO方式がん疼痛治療法」が発表されました。

がんが日本人の死因の第一位になったのが1981年ですが、当時は
本人に「がん」という病名を告げないことのほうが多かった時代です。

WHO方式がん疼痛治療法には5つの原則があります。
1.口から飲める人は口から
2.時刻を決めて規則正しく
3.除痛ラダーに沿うこと
4.個別性を考慮すること
5.そのうえで副作用にも配慮を

3の除痛ラダーのラダーとは、「階段」のことです。

第一段階は、非オピオイド系鎮痛薬
第二段階は、弱いオピオイド
第三段階は、強いオピオイド

通常、医療用麻薬という時は、第三段階に属する麻薬を
指しているものだと理解しています。

そして1989年に、モルヒネの効果が12時間続く(1日2回で済む)
「MSコンチン」という名前の医療用麻薬が発売されました。

コンチンとは、コンテイニュー(効果が持続する)という意味です。
この薬の登場は、衝撃的であったことは今でもはっきり覚えています。

しかし、WHO方式は思ったように普及しませんでした。
武田文和先生は、2002年にこう述べています。

「WHO方式でがんの痛みの90%が解決するはずである。
 しかし日本の現実は半分以上の人が痛みの治療を受けていない」と。

それから、さらに13年が経過しました。
果たして、がんの痛みはどれくらい克服されたのでしょうか?

私は在宅ホスピス医として、がんの痛みの治療に関わる最前線にいますが、
MSコンチンの登場から四半世紀経過してもあまり変わっていなのではないか。

日本は、まだまだ緩和ケア後進国だと感じます。

それはどうしてでしょうか? (続く)

(参考文献) あなたの痛みはとれる(日本尊厳死協会編)

PS)
明日は、いよいよ一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会の
発足記念シンポジウムが、東京で開催されます。私も理事としてお話します。